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心のふたが自動で外れる日

 よい人間であるように、人を傷つけないように、世間様に恥ずかしくないように、心に一生懸命ふたをする。本当の気持ちは心に閉まって口にしない。
 しかし、頑張って理性で心を抑えてきても、長い人生の間に、自動でふたが開いてしまうことがある、そんなことを最近実感している。

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その1 脳梗塞を起こした、遠い親戚のおばさんの話
 先日、脳梗塞を起こし、命に別状はないが、記憶障害が残った。彼女は今、知り合いの顔を見て、「知っている人だ」と分かるようだが、どういうつながりの人間だったのか、親族なのか、仕事関係の人なのか、友人なのか、なかなか思い出せない。

 そして、記憶障害とともに、「愛想よくする」「人当りをよくする」という機能も衰えてしまったようだ。親戚の中で、彼女が苦手に思っていた人がお見舞いに来ると、一気に顔をこわばらせる。会社の元同僚が会いに来てくれた時も、楽しそうに談笑していたのが、ある人の名前が会話に出た瞬間に、能面のような表情になって黙ってしまう。

 脳梗塞を起こす前は、いつもにこやかで、好き嫌いを態度に出したりしない人だったから、急に本心があらわになって、周囲は少し戸惑っている。

その2 認知症のおばあさんたちの話
 私が時々ボランティアをしている特別養護老人ホームには、認知症のおばあさんたちがたくさん暮らしている。認知症による性格や行動の変化は、人によって大きく異なるらしいから、私が接している今の彼女たちから、認知症になる前の暮らしや性格を知ることはできない。 

 ただ、昔の思い出話をお聞きしている時、笑顔を浮かべながらも「私は、ずっとずっと我慢してきたから。」とおっしゃる方。きっとたくさんの苦労をしてきたのだろう、と私は想像する。
 3時のおやつとお茶をお出しすると必ず、「お代はよろしいのですか。私だけ支払いが遅くなったら恥ずかしい。」と気にされる方。きっと、周りとの調和を一生懸命守って暮らしてきたのだろうな、と私は想像する。

 いずれも、認知症になる前は、自分の心の中だけでの「一人語り」だった本音を、認知症になった後はそのまま口にしているのだろうか、と私は想像する。

その3 鎮静剤がよく効いた私の話
 私は先日、内視鏡検査を受けた際、鎮静剤がよく効き、検査中すっかり眠ってしまった。検査後に目覚めた時、仕事の夢を見た覚えがあり、とても疲れていた。

 看護師さんに「私は仕事の寝言を言っていませんでしたか」とお聞きしたら、「だいぶお疲れのようでしたね」と微笑んでくれた。私がいったい何をつぶやいていたのか、お医者さんと看護師さんに迷惑をかけなかったか気になったが、看護師さんのスマイルに甘えて、何も心配しないことにした。

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 私が今、一生懸命とりつくろって本音を表に出さずに生きていても、心のふたが自動で外れてしまった時には、それを隠すことができない。社会で生きる以上、人を傷つけないように、他者との調和を考えることは大切だけれど、普段からできるだけ自分の心に素直にいられるようにしよう、度を越した我慢はよくないのだと実感している。

 ・・・それにしても、内視鏡検査の際の看護師さんには、本当にお世話になりました。お仕事で慣れていらっしゃるとはいえ、何を聞いても動じない。患者を安心させてくれる、あのすべてを包み込むような微笑み。プロフェショナルに加え、お人柄もあるのだと思います。心から敬服し、感謝しています。