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ホテルの屋上の温泉から見た満月

二年前のわたしはおそらく抑うつ状態であった。無職で、ぽつりぽつりと求人票を見て応募はしていたが、たくさん応募する気力はなかった。猜疑心いっぱいで、次の挑戦をするのが、ただただ面倒くさかった。面倒くさすぎて、人生を終わらせてしまいたいと半ば本気で思っていたが、あまりに臆病で実行に移すことはできなかった。頭にモヤがかかり、一人暮らしの自宅の重苦しさに耐えかねて、一泊二日の旅に出た。

行き先は長野の甲府。気分転換ができればよかった。ただ、二月の甲府は底冷えするような寒さで、歩きながら震えてしまったことを今でも覚えている。だから、それほど観光はできていない。すごく豪華な山梨県立図書館で、時間を潰したり、地元のデパートをうろうろしてホテルのチェックインの時間を待った。

ホテルに行く途中、本屋で伊藤絵美さんの『セルフケアの道具箱』を購入した。ホテルの部屋に入ってから、じっくり読み、自分のストレッサーになるものとコーピングの方法をひたすら書き出していった。自分にとって嫌なもの、害になるものは何なのか。自分を支えてくれるものは何なのか。自分の思考の癖(スキーマ)についても整理をした。その作業をすることで、少しだけ気分が落ち着いたことを覚えている。

屋上に温泉があるビジネスホテルに宿泊をしていたので、夜は温泉にゆっくり浸かった。外気は寒かったが、満月が煌煌と輝いていたことをよく覚えている。

温泉は貸し切り状態で、わたしは満月を眺めながら、このどん底からどう這い上がればいいのだろう、と考えていた。これまでの人脈なんて、何の役にも立たないし、自分を含めた、あらゆる人間をどうしようもなく憎んでいた。わたしの場合は、自己否定が始まると、他者に対する攻撃も始まるので、大変危険だ。焼け野が原になって、すべてが終わるという結末しかない。

この先も生きていけるだろうか。生きていける気がしないな。やっていけるだろうか。やっていくしかないのか。そんなどうにもならない自問自答を繰り返していた。

冷たい空気が頬にあたり、温泉に浸かりながらも、満月をじっと見ていることで、緊張状態から解放されていくような感覚はあった。これだけで前向きな気持ちになれるほど、前向きな人間ではなかったので、憂鬱な気分は続いていた。

旅から戻ったわたしは契約社員で再就職をする。そこでの仕事は、薄給なうえにやりがいもなく、ずっと苛立っていて、結局、一年経たないうちに辞めてしまった。次の仕事も半年で辞めてしまう。今の職場に再就職して、半年が経過した。

今の職場でも腹立たしいことがあり、苛立つと自暴自棄になって、周囲にも攻撃的になってしまいそうな自分がいて、慌てて抑えているようなところがあり、やはり生まれ変わってなどいない、と思う。ただ、壊さないように自制するためにはどうすればいいのだろうか、と考えることは増えた。延々と反芻する自分をメタ的に捉え「やめなさい」「これ以上、考えてどうすんの」とストップをかけられるようにはなってきた。

自分の欠点は、やはり、自分と仕事を結び付けすぎる、というところにある。仕事をしている自分、職業人、労働者としての自分が大きくなりすぎている。生活者としての自分、市民としての自分、どこにも所属していない自分、生き物としての自分の価値をもっと認めてやれないものか、と思う。

複数の自分を持ち、自分を分散させることで、自分のバランスが保たれるのだろう。わたしはいつも、取引先が一社しかない、リスキーな会社のようになってしまっている。仕事に夢中になることは悪いことではないが、仕事での評価を軸に暮らすと苦しくなることはすでにわかっているのだから、同じ間違いを繰り返すことは避けたい。

大したことがない自分、ミスをする自分、要領の悪さも、受け止めていれば、どうということはないのに、過剰な自己防衛に走ってしまう。

仕事を充実させるためにも、仕事以外の時間を楽しむしかない。仕事を言い訳にして、何かをあきらめたり、やらなかったり、人間関係を蔑ろにすることは許されると思ってきたが、それをやっていると、仕事が傾くと一気に倒れてしまう。

本気で趣味をやって、仕事を増やすか。それはnoteであったり、単発の仕事をやるのもいいかもしれない。実際問題、経済的な余裕が生まれれば、仕事においても余裕が持てるようになるとは思う。金持ち喧嘩せず、である。

自分とうまく付き合っていくことが一番難しい。やはり、ワーカホリックな自分は、社会人としての自分を壊す危険性がある。そして、仕事中毒であると、生粋の新自由主義者のように振る舞い始め、すごく狭量な人間にもなる。

自分を守るためにも、仕事をするときと同じぐらい、遊ぶときも、本気で遊ばないといけない、と今は思う。

そして、温泉で見た満月のことを思い出すと、よくここまで頑張ったな、と心の底から思えて、少しだけ泣きそうになる。

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