見出し画像

#映画感想文251『テノール! 人生はハーモニー』(2022)

映画『テノール! 人生はハーモニー(原題:Tenor)』(2022)を映画館で観てきた。

監督はクロード・ジディ・Jr.、脚本はラファエル・ベノリエル シリル・ドルー クロード・ジディ・Jr.、出演はミシェル・ラロック、MB14、ギョーム・デュエム。

2022年製作、101分、フランス映画。

アントワーヌ・ゼルカウィ(MB14)は、会計士になるための専門学校に通いながら、寿司のデリバリーのアルバイトをしている。ある日、オペラ座に寿司を届けたアントワーヌは、オペラのレッスンをしている教室に遭遇する。思わずアントワーヌがオペラに聞き入っていると、「早く帰れ、寿司野郎」と学生に罵られる。それにカチンときたアントワーヌが即興オペラを披露すると、先生のマリー(ミシェル・ロック)にスカウトされる、というシンデレラストーリーだ。

アントワーヌは団地暮らしで、日頃、ラップバトルをして、レンブラント地区とピカソ地区でシマ争いをしていたりもする。ただ、本人は至って真面目で深夜に道端でリリックを考えていたりする。兄のディディエ(ギョーム・デュエム)はストリートファイターのようなことをしている。観客たちに賭け事をさせて、手数料ビジネスをしている。もちろん、違法行為で、中盤、兄は警察に捕まる。母親には日本旅行に行っていると嘘をつき、そこがコメディ劇になっている。

本作はラッパーがオペラをやるという、突拍子もない設定に見えるが、フランス映画お得意の階級(階層)映画であると思う。しかしながら、フランスの意地悪さ度合いが近年、かなり弱まっているような気がする。それは『ウィ、シェフ!』を観たときにも感じた。

ラップとは下町の人たちが、他人を罵倒したり、自らの生活の葛藤を歌ったりするブルース的な要素があり、市井の人々、階層の低い人たちの音楽である。一方のオペラは伝統芸能であり、世襲ではないものの、特権階級の人たちがたしなみ、楽しむ音楽である。(ただ、求められる声量などは、生来の才能がないと難しいので、いい学校に行ったり、家が金持ちなだけでは成功できない厳しい世界だろう)

主人公のアントワーヌは歌唱力はあるものの、オペラの敷居の高さに圧倒される。しかし、彼は「自分は分不相応であるかもしれない」という葛藤と苦悩を乗り越えていく。そこが従来のフランス映画とは違う。これまでの作品なら、そこは絶対に越えられない壁で、主人公が疎外感を覚え、自らドロップアウトしてしまう。文化資本のなさを内面化して、自滅して、それを自己責任として片付けてしまうような残酷さがあった。本作は「ちゃんとエンタメをやろう!」という製作陣の強い意志がある。アントワーヌは豪邸に住まい、オペラ用のステージのあるクラスメイトのジョゼフィーヌに翻弄されたり、親がオペラ座に多額の寄付をしているライバルに驚くが、いじけずにオペラに向き合う。ただ、その一度離れて、戻るまでの描写があっさりしているので、軽めの作品になってしまっている感は否めない。

『アデル、ブルーは熱い色』(2013)は、過激なベッドシーンが話題になった作品ではあるが、徹頭徹尾、「階級」の話だった。アデルは労働者階級の女の子で教養もなく、両親は差別的な言動を繰り返す。お客さんに肉団子のミートソースパスタを出すような家であるという描写の辛辣さがきつかった。アデルが恋したエマはお金持ちで教養がある。両親もインテリで、芸術と同性愛に理解があり、資産家でもある。エマは、結局自分と話の合う人、似た人と結婚してしまう。「恋なんかしなければよかった」とアデルとシンクロしてしまうぐらい悲しい結末であった。

本作はフランス特有の「階級は越えられないんですよ! 頑張るとか努力とか無駄です!」といった意地悪なことは言わない。フランス社会に変化が起きたことによって作られたのか、単なるガス抜き的なエンタメ作品として作られているのかはわからない。前者だったらいいなと個人的には思う。

特権階級のオペラに拒否感を示していた兄や地元の仲間も、最終的にはアントワーヌのオーディション会場に駆けつけてくれる。これは、日本の優しいヤンキー映画と変わらんな、と思ってしまった。

ちょっとわかりにくかったのは、先生のマリーがソウルに派遣されなければならない理由は何だったのか。これはオペラ通なら簡単にわかることなのかもしれないが、わたしはその文脈が読み取れなかった。

あと世界的テノール歌手であるロベルト・アラーニャが本人役で出演して、美声を轟かせるシーンがあるので、オペラ好きな人には満足できる作品なのだと思われる。

(そうそう、マリーが『蝶々夫人』のCDをプレゼントして、アントワーヌは2PACのCDをお返しするシーンには、ほっこりした。このあたりの文脈も、理解が足りていないな、と思われる)

この記事が参加している募集

映画感想文

チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!