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雨宮処凛編著『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』の読書感想文

雨宮処凛さんの対談本『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』を読んだ。2019年9月に大月書店から出版された本である。

相模原事件とは、2016年に26歳の男性が、障害のある入所者19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせた事件である。

おぞましい事件であったが、社会の中で普通に消費されてしまったような印象がある。絶対にあってはならないことだと強く言った政治家がいたという記憶もない。

この本では繰り返し「優性思想」「生産性」「自己責任」といったことが語られていく。(優性思想と新自由主義はものすごく親和性が高いことがわかる)

福祉国家とは人間の理想であり、それを追い求めるに越したことはない。この恩恵は、金持ちに限らず、全員が受け取れるものであるのだから。しかし、日本の借金を理由に福祉を削れという人は多い。

著者は、政府が戦闘機を買っても、森友学園の問題が起きても、政府批判をしない国民に対して疑問を呈す(p.29)。

確かにアメリカからステルス戦闘機を何台買っても、わたしの生活はよくならない。買ったところで、北朝鮮の兵器開発のスピードが鈍化するわけでもない。抑止力にはなっているのだろうが、そのまえに国民がいなくなってしまいそうだ。

優性思想を隠さない人は少なくない。自分の発言が優性思想だとわかっていない人もいる。(例を挙げると、傷つく人がいるので、やめておく。わたしの身近な人たちでも毒されている人はたくさんいた)

この本を読んでいると暗澹たる気持ちになっていくのだが、第6章の北海道医療大学の教授である向谷地生良(むかいやち いくよし)さんの話はユーモラスで読んでいて非常に楽しかった。

向谷地さんは、クレーマー青年の話を根気強く聞き続ける。徐々に青年は変わっていく。でも、その語り口からは、青年に寄り添うことに徹底し、彼を変えようとはしていないし、良いことをしよう、やってあげた、という感じが全然ない。根気強く、我慢強く、根本から他者を信頼するという姿勢がすごいと思った。この真似ができる人はそうそういないだろう。

そして、向谷地さんが紹介されている研究が興味深かった。世界各国で統合失調症の患者の幻聴を調べたところ、それは個人のインプット、患者がいる国(ローカル・カルチャー)によって大きく左右されていたのだという。

アメリカの患者の幻聴は「死ね」や「殺す」で、インドやガーナでは、褒め言葉が聞こえてくる患者もいたのだという(p.243)。つまり、本人の周りで語られている言葉が、個人に入り込み、幻聴になる。日本の患者の幻聴を調べたら、すごく悲惨な結果になりそうな気がした。

寛容になりたいのだけれど、その余裕がない。どうすれば余裕が持てるのか。それは自己肯定感の問題もあって…、と心掛けだけでは寛容さを手に入れることはできない。

そして、ずっと競争ばかりさせられてきた人間は、当人も傷ついているし、その周囲も傷を負っている。だからこそ、急に「協調、助け合いが大事です」と言われても、すぐに動くことができないし、頭の切り替えが遅い。

しかし、もう少し自分のことも他人のことも長い目で見ることができるよう、頭をちょっとずつ変えていきたい。

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