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#映画感想文173『秘密の森の、その向こう』(2021)

映画『秘密の森の、その向こう(原題:Petite maman)』を映画館で観てきた。監督・脚本はセリーヌ・シアマ、2021年製作、73分のフランス映画である。

秘密の森にいる双子の女の子といったら、ちょっとした心霊映画、ホラー映画は想像した人もいるかもしれない。

この映画では、女の子が、少女時代の母親に会って遊ぶのだ。ファンタジーなのか現実なのかはよくわからない。

ただ、主人公の女の子は、母親のことが大好きで、亡くなった祖母のことも大事に思っていた。

映画のオープニングで、『Petite maman(小さなお母さん)』と出てきて、とても驚いた。もう、最初から、ネタバレしているではないか。というか日本語タイトルはとても凝っている。でも、これはよい傾向だと思う。

たとえば、フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』は、邦題がめちゃくちゃかっこいい。フランス語の原題では『ジュールとジム』とかいう『太郎と次郎』みたいなタイトルなので、全然そそられない。多分、当時も、『ジュールとジム』じゃ、客が来ないだろう、という判断があったのだろう。練りに練られた邦題は映画文化を豊かなものにしていたはずなのだ。今は直訳もしないカタカナタイトルがとても多いことが気になっていた。

『小さなお母さん』でも悪くはないが、工夫された『秘密の森の、その向こう』も悪くない。実際、映画の中で、森は大きな役割を果たしている。

映画の終盤で、8歳の女の子が『母親から「ここにいたくない」って雰囲気を感じることがあった』と述べているシーンでは少し心が痛くなった。子どもは親をよく観察しているし、何かを感じ取っている。年を取って知ったのは、親も、親という役割を自明なものとして受け入れているわけではない、ということだ。徐々に親になっていくものだし、親の役割を投げ出したいときもある。親の自覚を持たぬまま、まともな親子関係を築けない人も少なからずいる。

セリーヌ・シアマ監督は、俳優の表情をじっくり撮る人で、目の動きや瞬きに注目させるシーンが多いのだが、なぜだか飽きない。それは『燃ゆる女の肖像』でも感じたことである。その人間が持っている美しさを彼女は掬いとることができるのかもしれない。

終盤、おばあちゃんに「さようなら」が言えて満足気なネリーがとても可愛かった。

そして、母の名を呼ぶ娘には、母の弱さを受け容れ、母を個人として認めようとする覚悟を感じた。

母親が少女時代に描いた「煙草を吸ういい感じのキツネ」がエンドロールに登場するので、最後まで席を立たずに鑑賞されることをおすすめしたい。

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