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映画『帰らない日曜日』(2021)の感想

映画『帰らない日曜日(原題:Mothering Sunday)』を映画館で観てきた。

監督はエバ・ユッソン、脚本はアリス・バーチ、主演はオデッサ・ヤングとジョシュ・オコナー、親世代としてコリン・ファース、オリビア・コールマンも出演している。

2021年製作、上映時間104分のイギリス映画だ。

予告編を見る限り、メイドが勤め先のお坊ちゃんと恋仲になってしまう、というストーリーに見えたし、若干そのようにミスリードをしたいという意図があったと思われる。実際の人間関係はもう少し複雑であった。この情事と別れが描かれるだけで2時間はきついとも思っていたが、そのような映画ではなかった。

原題の『マザリング・サンデー』の意味は「母の日」であり、戻る場所というニュアンスも含まれているのだと思われる。日本語タイトルの『帰らない日曜日』は、二度とない日曜日、二度と戻らない「あの人」のことを指している。

メイドのジェーンの恋のお相手であるポールが薄っすらと抱えていた絶望とは何であったのか。敷かれたレール、弁護士になる人生、結婚相手、失われた命に対する申し訳なさ、などさまざまなものが交錯して、悲劇的な結末を迎える。

孤児院で育ったメイドをたぶらかして、体だけ利用して、という浅はかな金持ちの息子に違いない。そのような色眼鏡で、わたしは彼のキャラクター、一挙手一投足をチェックしていた。自分勝手なことを言い出さないか、ジェーンを傷つけることをしないか、と小姑のように観察していた。

ジェーンが彼に気に入られようと1920年代当時の避妊具を装着していた、という描写はちょっと痛ましいが、望まない妊娠、中絶と比較すれば、ずっとマシである。

ポールが目を潤ませながら微笑んで「Goodbye, Jane」と別れを告げるシーンは印象的だ。わたしはそのとき思ったのだ。なんで、別れ際のハグしてくれないのだろう。どうして頬にキスをしてくれないのか。この密会の終わりも、意味しているのだろうか。彼は、彼女を利用をし続けるつもりはないのかもしれない、と察する。彼が彼女を愛人として利用するつもりなら、「また会おうね。ダーリン」ぐらいは言うはずなのだ。

ポールとの別れの後、ジェーンはメイドをやめて、書店に勤め、作家になる。雇い主の奥様は、彼女にこう言うのだ。「(孤児であるあなたは)生まれたときにすべてを奪われ、失っている。それはあなたの武器なのだから利用しなさい」と。ジェーンはその言葉に傷つきながらも、「これから手に入れていくだけだ」と決意を固める。

一方のポールは、何もかもを持っていたが、第一次世界大戦によって奪われ、これから奪われる予兆もあり、失われるばかりの人生に失望していたのかもしれない。

彼女がポールの家から盗んだ本のタイトルは『KIDNAPPED(誘拐されて)』は、『宝島』や『ジキル博士とハイド博士』を描いたスティーブンソンによる小説である。そのストーリーが本作とどれだけ関連しあっているのかどうかはわからないのだが、彼女が本を誘拐して、本は彼女に誘拐されたのだろう。こういう、メタ的なお遊びは好きだ。

この映画はR15なのだが、それほど過激なシーンがあるわけでもない。ただ、主演の二人は、自らの裸を晒していて、その覚悟はすごいな、と率直に思った。

そして、ジェーンの前に現れた二人の男、ポール、そして哲学者のドナルドの素晴らしいところは、「君は書ける」「君は書くんだ」と、ジェーンを励まし続ける点にある。もちろん、ジェーンがそのような男たちを選んでいたし、当然才能もあった、ということでもあるのだが、愛する女の才能を愛する男たちが必ずしもサポートしてくれるとは限らない。「男の俺様の仕事に比較すれば、取るに足らないのだから、黙って後ろを歩いていろ」というパターンはいくらでもある。女性の才能が家事・育児労働によって搾取される物語は、古今東西にあふれている。

そうそう、ドナルドがヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を彼女にプレゼントするシーンもあった。ウルフは「女が作家になりたければ鍵のかかる部屋が必要だ」と言った人物である。それは精神的にも、身体的にも、自由と安全が保証されなければ女が書くことはできない、という事実であり、警告でもある。ウルフはトラウマを抱えていた人でもある。それをふまえ、ドナルドはジェーンに「あなたは書き続けなさいよ」というメッセージを一冊の本で表現しているのだ。(憎い演出だね)

そういえば、最近見た『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』の主人公の彼氏は男尊女卑を隠さない人で、最終的に彼女は去ることを選んでいた。

ジェーンは愛してくれた男たちに忠実に書き続け、作家として成功を収める。誰かの言葉は、誰かを動かす。愛する人の言葉を素直に受け入れる強さがジェーンにはあったのだ。自分の背中を押し続けてくれている誰かがいたら、その人を手放してはいけない。あなたの可能性を潰すような人からは離れなければならない。

そして、この映画を自宅のテレビやスマホで見たら、多分つまらなかっただろうな、と思う。細かな描写に気が付かないし、集中して観ることができなかっただろう。

映画館の大画面だと、オデッサ・ヤングの産毛が陽光に照らされ、きらめくのがわかる。それは美しいシーンだった。

(そういえば、ヨーロッパの映画だと主演の女優さんも、腕の毛を処理していない人が多い。日本の脱毛広告に怒りがわいてくる。わたしたちは猿から進化したんだから、皮膚に毛ぐらい生えていても当たり前だろうが!激おこぷんぷん丸である。)

この映画では、ジェーンがいろんな人の大小の厚意を受け取るシーンがとても多かった。原作を読んだら、もっと理解が深まるだろうと思うので、近いうちに読みたい。

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