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不貞を働いた日の話。

実を言えば寝ている彼女にキスをしたことがある。
もう時効だろう。

兄の葬儀が終わり生後間もない息子をあやし父親の死を感じ取って泣く5歳の娘を慰め訪問客に丁寧に挨拶をし彼女は見るからに疲れていた。悲しむ暇がなかったのは良いことだと僕は思ったが実際はどうだったのか定かではない。子供のいる彼女は僕が思うより強かったように思う。泣いたのは死んだ直後だけでもう泣いてはいなかった。ただいつもより少しぼんやりとした彼女だった。
息子におっぱいあげるから、と背を向ける様が扇情的だった。骨張った肩が見え、見てはいけないと思い目を逸らした。兄が死んだばかりだというのに不適切だと自分でも思った。なんで死んだんだと胸倉を掴んで殴ってやりたかった。僕は兄が好きだったし彼女も好きだった。2人とも好きだったが彼女に対する想いは性欲も含まれる。こんな時にと思ったがこんな時だからこそとも思った。最愛の兄を失った悲しみを埋めたかった。出来れば彼女で。
彼女は乳を飲み終えた息子にゲップをさせ、先に眠っている娘の隣に息子も寝かせていた。2人の頭をそれぞれ撫でていたと思ったら唐突に彼女が倒れた。驚いて駆け寄り抱き起こした。彼女にまともに触れたのはこれが初めてかもしれない。彼女は寝ていた。蒼白な顔とさっきまで母乳を与えていた胸元は少しはだけている。期間限定の巨乳だと笑っていた胸元には青く血管が浮いていた。何度か名前を呼んだ。少しだけ反応するがすぐに意識を手放すようだ。頬を撫でると彼女の睫毛が微かに震えた。もう一度名前を呼ぶと「ねむい」と返事があり乾燥した唇が薄く開いた。起きたら起きたで文句ならいくらでも聞こうと思った。何度か嫌そうに顔を逸らそうとする彼女を押さえつけ時折苦しそうな声も漏れていたが構わなかった。貪るという表現が正しい気がした。彼女は最後まで起きなかった。口の周りは僕の唾液でベタベタになっていた。夫の葬儀後に義弟からこんなことをされたと知ったら彼女は怒るかと考えるが案外「あ、そう」と冷めた反応をしそうでもある。言っておくが僕はもう開き直っているし何ら後悔はしていない。本懐を遂げたような気もしている。いやまだキスだけだ本懐は遂げてない。その後1時間くらい彼女は眠っていた。眠るのが下手な人が何をされても起きずに眠るほど疲れていたのかと思うと胸が痛んだ。起きた彼女はぼんやりとしながら僕に謝った。僕はとぼけて返事をした。そんな夜だった。



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