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日常に活かすヨーガの智慧

こんにちは!

今日は、わたしが学んでいる「ヨーガの教え」を日常に活かしたぞ!と思った体験を記録しておきます。

先週の日曜日に、突然パソコンの電源がつかなくなりました。

この「パソコンの電源がつかなくなる」という1つのアクシデントを、ヨーガの教えを活かして受け止めた時の感情の変化をエピソードとして備忘録してみようと思います。

このパソコンのエピソードは、当事者としてはとっても大変でしたが…(笑)言語化するのには少し分かりやすいお話なので、記録しておこうかなと思います。

(※たくさんいいね!を頂いた記事でしたが、なんと!誤操作で消してしまいました…。教えてくださり、ありがとうございました。内容は同じですが、改めて投稿させていただきます◎)


1.パソコンの中にあったもの。

わたしは、2年ほど前からAppleのMacBook Airというノートパソコンを使っています。

会社員時代は業務時間外の資料作成は全てこのパソコンでしていたので、かなりの頻度で一緒に出勤したり、休日もカフェなどに持って行ったりしていました。

ここ最近は4月の中頃に卒業を控えたヨーガ療法士養成講座の「卒業論文」と「卒業症例」、それぞれの発表用のパワーポイントの最後の追い込みをしている真っ只中でした。おおかた、資料は大体7・8割くらいは出来ている状態だったんです。あとは少しずつ手を加えて、さっさと提出してしまおう!我ながら計画的にできたぞ!思っていました。

さらに、ヨーガ療法士として活動を始めるために、新しい挑戦として「Instagram」と「YouTube」に挑戦してみよう!と決めていたので、デスクトップには少しずつ撮りためた動画を編集していたものもありました。

詰まるところ、この1ヶ月のほぼ全てを捧げてきた大切なデータちを、デスクトップに置いたまま、毎日少しずつ作業を進めていたのです。

2.その日は突然やって来た。

さて、先週の日曜日のことです。

その日は朝パソコンを触っていて、正午から外出の予定があったので家に置いていく予定でした。

ふと、「そういえば最近、システム終了していないなー。」と思い出したのです。大体いつもスリープ状態(終了せずにノートパソコンの画面を閉じるだけ)で使っていたわたしは、「パソコンもちょっと休ませてあげなきゃ!」という優しい心から。(笑)久しぶりにシステム終了させて外出しました。

……そして1日を終えて帰宅し、パソコンの電源を入れようとすると……。

電源、付きません。

終わった…。

3.感情を客観視する。

作り直そうと思うと、また1ヶ月くらいかかるのではないか…と思うくらいのボリュームのあるデータたちでした。

「どうしよう…」と。

半ばパニックになりながら、とりあえず「パソコン 電源がつかない」を検索して(笑)試せることは全て試しました。サポートにも連絡し、フォローしていただきましたが、回答は「修理のご案内になります」…。

この時のわたしの感情はこんな感じです。

「このまま4月に学校が始まったら、卒業論文の提出が間に合わないかもしれない…」

「データの保存全くしていないのに、どうやって復元させよう…。」

「まだ買ってから2年くらいしかなってないのに、壊れるなんて!」

「修理するのにお金かかるのかな…。」

不安・絶望・恐怖・怒り・悲しみ。

こんな感じの種類の感情がぐるぐるしていました。

あまりの出来事に、感情の波に飲み込まれそうになりながらも、2つのヨーガの教えを思い出したのです。

4.応諾する。


ヨーガの教えで、「応諾」(おうだく)という言葉があります。

応諾とは、人の頼みや申し込み、自分に起こる物事をそのまま受け入れるという意味です。

自分にとって良いことも、悪いことも、まずは応諾。受け入れます。そうすることで、物事を一旦冷静に見ることができるようになると言われています。

自分の身に起こることは、どんなことでもまずは応諾します。それが、例えできないことでも、受け入れられないことでも、まずは受け入れます。その上で、自分の意見を考えたり、言ったりするのです。

絶望の淵に立たされたわたしは、「そうだ、応諾!」と一旦この感情を受け止めてみることにしました。

「そうか。わたしは今、パソコンが壊れてデータがなくなり、とっても不安になっている。絶望しているし、どうなるかわからなくて少し怖い。何で壊れたのかと怒れてくるし、怒りを通り越して悲しくなっている。」

自分の思考や感情を客観視して、整理できると、人間少しだけ冷静になれるものです。

5.人間万事塞翁が馬。

そしてもう1つは、「人間万事塞翁が馬」の教えです。

ヨーガ療法士養成講座で習った中国の物語です。養成講座では、インドの物語や聖典の他に、ことわざや仏教の教えなども学びます。塞翁が馬は有名なお話なので、知っている方も多いかもしれませんが、簡単に。

人間万事塞翁が馬のお話は…。

昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む老人(塞翁)の馬が逃げ、
人々が気の毒がると、老人は『そのうちに福が来る』と言いました。
やがて、その馬は駿馬を連れて帰ってきました。
人々が祝うと、今度は『これは不幸の元になるだろう』と言いました。
するとこの馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまいました。
人々がそれを見舞うと、老人は『これが幸福の基になるだろう』と言いました。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり、
若者たちのほとんどが戦死しました。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、
戦死しなくて済んだ、という故事に基づきます。

( 出典:『淮南子』より )

このお話は色々なことを教えてくれているのですが、「物事に一喜一憂しないこと。」「人生は何が起こるかわからないこと。」「何事も、予測ができないこと。」を説いてくれています。

パソコンが壊れ、その受け入れがたい事実を無理矢理応諾し…(笑)そして瞬時に、次は塞翁が馬だ!と思ったのです。

6.感情をコントロールする。

わたしがパニックになりながらパソコンに応急処置を施している間は、負の感情に支配されていました。時間にすると1時間くらい。

そしてやれることは全てやってみても、パソコンの電源がつかないとわかり、もう翌日に修理に持っていくという選択肢しか残されないとわかった時、わたしはその事実を応諾しました。

そしてわたしに残された選択肢は2つでした。

①このまま、感情を乱したまま悶々と明日の修理までの時間を過ごす。(=感情に支配されている)

②とりあえずパソコンは見えないところに置いて、明日まで別のことをする。(=感情をコントロールしている)

…ここで、塞翁が馬だ!と思ったのです。

そうです。何事も、予測はつかないのです。一喜一憂したってしなくたって、起こってしまっているその事実は変わらないのです。

わたしは気持ちを引きずったまま、家事を始めました。部屋中を掃除し、ゆっくりお風呂に入り、パジャマで軽くストレッチをしました。頭ではなく体を動かしながら、「今、ここ」にわざと集中していきました。

まさに、自分の感情のコントロールに成功した瞬間でした。

7.ストレスは自分の心が作り出す。

ヨーガでは、ストレスは自分の心が作り出すと言われています。

ですが、この言葉は逆を取ると、ストレスを感じにくい心も、自分で作ることができるということなのです。

例えば今回のケースで、わたしが【①このまま、感情を乱したまま悶々と明日の修理までの時間を過ごす。】という選択をしていたとしたら、もしかしたら夜中に泣いていたかもしれません。眠れなかったかもしれないし、朝食は食べられなかったかもしれない。お腹が痛くなったり、頭が痛くなっていたかもしれません。

自分に降りかかってきた物事に対して、まずは受け入れ、【②とりあえずパソコンは見えないところに置いて、明日まで別のことをする。】の選択肢を選べたことが、自己防衛に繋がり、心身の健やかさを保ってくれたのです。

どちらの感情で過ごすのも、過ごしている時間は変わりません。

時間は、いつだって有限なのです。

8.最後に。

ストレスは自分の心が作り出す。

わたしが初めてこの言葉を聞いた時、正直「厳しいなあ…。」と思いました。

「こんなに頑張っているのに!何でそんな風に言うんだ!分からず屋!」とも思いました。

ですが、ヨーガの教えを学んで自分の心と向き合えば向き合うほど、過去のトラウマも、苦しさも。乗り越えるためには、他人の力を借りつつも、最後は自分で何とかするしかないんだ、と思ったのです。

何が正しくて、何が間違っていると言う二極の対立ではなく、「正しいか間違っているかわからないけど、自分が心地よく思えることを取り入れて、自分に優しく、自分のためにできることを、自分のペースでやっていこう。」と思えるようになりました。完璧じゃなくたっていいんです。

わたしがヨーガを学ぶ前は、【①感情に支配される】選択の連続でした。

どんどん自分を苦しい方へ苦しい方へと導いていたように思います。

ですが、それがダメなことだったとは思っていません。わたしは今でも、①の選択に心が揺れる時もありますし、気づかないうちに選んでいる時だってあります。

人生の中で、そんな時は誰にだってあると思うんです。

それよりも、わたしは【②感情をコントロールする】の選択肢を知っているか知らないかと言うことが重要なんじゃないかなと思っています。

②の選択肢を知らなければ、自ずと①を選ぶしかないですもんね。

①ばかり選んでしまっているところに、少しずつ②を取り入れていくだけでも、心を柔らかくすることはできると思うのです。

ヨーガでは、「無智」こそが苦しみの根源だと考えます。

無智とは、知識がない「無知」ではなく、「物事の捉え方の誤認知」を指します。

ヨーガの智慧を学ぶことで、【②感情をコントロールする】の選択肢ができる引き出しを増やし、無智さを克服していくことが、健やかな心身に繋がると考えています。

話し出すとキリがないので、今日はこの辺りにしておきます…。(笑)

わたしはヨーガの智慧を学び、自分を律することができるようになりました。

ですが、この智慧をこうして公表することで「みんなも是非、やってみてね!」なんてたいそれたことを言うつもりは全くないのです。

自分の心は、自分だけの方法で、自分で律するしかないのです。

それが、マッサージでも、鍼灸でも、アロマでも。コーチングでも、カウンセリングでも、占いでも。方法はなんだっていいと思うんです。

そんな多様な選択肢の中で、「ヨーガっていいな、やってみたいな!」「自分の心と向き合ってみたいな。」「今の状況を変えたみたいな。」と思う方がいらっしゃった時に、細やかながらヨーガの教えをわかりやすく、日常に活かせる形でお伝えできたらいいなと思い日々学んでいます。

そして、お伝えさせていただく中で、わたしも成長させていただいているので感謝の連続です

これからも、わたし自身がヨーガの教えを日常に活かせたお話を記録していきます◎

それではまた。

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