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【適応障害で休職中#1】転職して数か月で適応障害になって休職した話

キャリアチェンジのために客室乗務員から未経験業界・業種に20代後半で転職をした結果。

入社して数か月で体調不良になり適応障害と診断されました。

完全に自分が悪い。会社は全く悪くない。
これに尽きる。

この記事は自分の備忘録のため。
そして私と同じような状況に陥っている人へ情報共有をしたいと思う。
私自身も適応障害と診断されてからnoteで「適応障害」と検索していろいろな人の経験談を読んだから、私もその経験者の一員として、こんな経験でもとにかく貢献したいと思った。

さらに言えば現役でCAとして世界中を飛び回っているけれども、転職しようか迷っている人のためにも書きたいと思った。

脅しているわけではないけど、数年間CAとして飛んできて、ある程度自分に自信がある状態でも上手くいかないこともあるよ、という話です。

↓stand.fmでは音声でお話ししています🎧



私が転職活動するまで

大手航空会社で6年以上乗務してきましたが、30歳を目前に「CAとして60歳まで乗務している自分」が想像できなくなり、転職を決意しました。

同期にこの話をすると笑われました。どうやら定年までCAとして働くなんて考えてもいないらしい。えっと、じゃあみんなどういうキャリアをお考えで…?と思ったものですが、この件に関してはまた別の機会に書きたいと思います。

国際線を飛び始めたころまでは本当に仕事にも人間関係にも慣れなくて、わからないことを聞いても怒られるし、聞かないで勝手に行動しても怒られるし、どうしたって怒られる日々で。

先輩に怒られるのは仕方ないとして、めちゃくちゃ陰口言われるのも日常茶飯事でした。(本人に聞こえているのでもはや陰口ではない?)

仕事が終わって帰宅したらスイッチ切れたみたいに床に倒れて、硬くて冷たいフローリングの上で寝落ちすることも多々あるくらい疲労困憊だったんです。

新人時代はストレスからくる不調も多くて、あらゆる皮膚の皮脂バランスが崩れて、顔面は機内の乾燥も相まって常にカサカサ状態(上司にケアが足りないと怒られた)、頭皮もボロボロになってシニヨン(お団子ヘア)を解くとフケみたいなのがめっちゃ落ちてきてCAとしてどうなの?という状況が数ヶ月以上続きました。今思い出しても本当に可哀想な状態だったと思います。

それはもう、何回も辞めたいと思いました!
でも辞めなかったのはずーっとやりたい仕事だったからなんですよね。そして仕事でいろいろな土地に行けることが本当に楽しかった。(それなのになんで辞めたの?と良く聞かれますが、冒頭の理由から転職しました)


そんな日々を乗り越え、仕事にも慣れてくると、今度はなかなか寝られないという問題が発生しました。(退職するまで続いた)

眠いし疲れてるのに寝られない。
この経験はなかなかハードでした。

緊張する上司とのフライト前は全く寝られなくて、結局1時間寝たか分からないくらい睡眠の質が悪い状態で12時間以上のフライトに臨んだりしていました。
それでも制服を着るとアドレナリンが出て滞りなく仕事ができたし、機内での休憩時間では死んだように寝られたのでそれが救いでした。

でも、次第に「この睡眠の問題はこの仕事を続けていく場合ずっとついてくる問題なのか?」「人間的に辛くないか?」「太陽とともに生活したい…」と思うようになりました。

年齢もギリギリ20代。まだ転職市場的に未経験でもポテンシャル採用でキャリアチェンジできるかも。そんな思いから転職活動することにしました。


新しい仕事の働き方と環境

新しい会社に転職したものの、やっぱり辛かったです。
とはいえ新卒の時も環境に慣れるまでしばらく辛かったので、数ヶ月は苦労するだろうという見通しの元で入社しました。転職先でも初期で躓くことは本当に想定内でした。(そうなのよ!覚悟してたのよ!)

そんな事態を想定しつつも、転職当初の心境としては、「せっかく転職するんだからキャリアアップするぞ!バリバリ働くOLになるぞ!」と意気込んで入社しました。

くじけそうになるたびに「前の会社で上司や同僚から温かく盛大に送り出してもらった以上、なんとしてでも形にしてやる!!食らいついてやるんだ!!」と自分を鼓舞していました。(たぶんこの思考が良くないんだと後々気づく)

自分を奮い立たせれば立たせるほど、慣れない環境・業務内容に対応できず毎日苦戦している自分とのギャップにも苦しむこととなるんですけどね…(身の程知らずなんだと思う)

こんな感じで、自分を鼓舞しとにかく必死に食らいついていましたが、私が入社した会社は業界の中でもハイスペックな人たちが効率よく業務量をバンバンこなして仕事をするような会社だったので、精神論だけではまぁ太刀打ちできず。(そもそもよくそんな会社に採用されたなぁという話なのですが!)

業務量が多い分効率よく仕事をするためには、業務時間も自分でコントロールしなくてはいけなかったのですが、私は自分の仕事が終わらなくて、残業しっぱなしの日々でした。

同期と先輩は本当に素敵な方たちで、私もこんな風になりたいと思いながら働いていました。誰一人として関わりづらい人はいません。人間環境が良いことは本当にありがたかったです。

しかしながら、慣れない環境に順応しきれていない私は、次第に体調の変化を感じるようになりました。

体調に異変が出てくる

ある朝、起きて洗面台に向かおうとすると、嗚咽するようになりました。胃腸がおかしいわけでもなく、実際に戻すとかもなく、ただただ嗚咽。

そして、いつもの道を歩いて出勤しようとすると、嗚咽が止まらない(泣)

あぁこれやばいなぁと思いつつも、ただ嗚咽がするだけなので会社には行っていました。不思議なのは、会社に行って仕事を始めると嗚咽が止まるんです。

その後も毎日起床時と通勤時には嗚咽が止まらず、忙しすぎて昼ご飯すら食べる時間も確保できなくなり(自分のせい)、ついに帰宅時も嗚咽するようになり、嗚咽しながらシャワーを浴び、死んだように寝る。そして朝アラームで起きると嗚咽しながら支度をする…

そんな日々を送っていました。

そして、これまで楽しんでいた趣味への興味が薄れ、外を歩く時は常に音楽を聴いていたのに聴きたいと思わなくなりました。

テレビもうるさく感じてしまい、特にニュース番組やワイドショーがで流れる事件・事故や訃報などのショッキングなニュースをふいに見てしまうと、ものすごく感情移入してしまい心がギュッと持っていかれ、身体がずーんと重くなるようになりました。今もニュース番組は見ないようにしています。

そういえば、その頃には通勤の電車内でも涙が止まらなかったのを思い出します。人知れずマスクの中に涙をためてびしゃびしゃに泣いてました。

今思うと、行きの電車では不安で泣いて、帰りは仕事の出来なさが辛くて泣いていたんだと思います。

そしてある日、堰を切ったように涙が止まらなくなり、会社で涙を流しながらPCに向かっていました。(普通にやばいやつ)

泣きながら仕事をする私を見た上司が声をかけてくださり、休みの日に医療機関を受診するよう勧めてくれました。

私は声をかけてくださったことに感謝しています。なぜなら、自分でも心身に支障が出ていてやばいと思いながらも、ここで病院に行ったら絶対医師に休むよう言われると思ったからです。

心療内科を受診

驚いたのは、どこの心療内科も予約でいっぱいなこと。Googleマップで心療内科を探してみると、徒歩圏内でも3軒あるというのに!

これまで心療内科にお世話になったことがないので今回初めて知ったことですが、心療内科は初診の場合予約マストでした。(心身に不調のある方は、動けなくなる前に受診するためにまずは予約してほしいです。)

あーこれは今日のうちに受診できない。と諦めかけましたが、電車で数駅の大きめな駅に近い心療内科で当日受診可能なところを見つけ、とりあえず藁にもすがる思いで予約しました。

その病院は事前にwebの問診票を提出することになっていたので、向かいながら急いで入力しました。急にキャンセルがあったところに入れたのかな。

時間になり院内に入ると、それはもう患者さんがいっぱい。

皆さん理由は違えど心が疲れちゃった人たちなんだな。現代は生きるの辛いよね、うんうん。なんて心の中で思っていました。

初診なので待つことは覚悟のうえで行き、案の定30分以上待っていましたが、その間に会社の上司に受診中であることを報告したりしていて、あっという間に感じました。

診察で呼ばれると個室内で医師から聞き取りがありました。

恥ずかしながら私はこれまでのことを話していく中で自分に腹が立ち、悔しさで泣いてしまいました。

前職であんなに評価されていたのに、今はポンコツ。おまけにメンタル病んでるし。そんな思いがこみ上げてきました。

適応障害と診断される

一通り話を終えると、医師から適応障害であると言われました。

診断されてホッとした自分がいて、休みたい自分がいることに初めて気づきました。

でも、まだ転職して数か月なのに適応障害になるなんて、と思い医師に質問したところ「適応障害の症状は環境が変わってすぐ出るもの」「1か月以内で出る人もいれば数か月経ってから出る人もいて個人差」と言われました。

この状況を放っておくと、うつ状態やうつ病など、さらに症状が重たくなり復活するのに時間を要してしまうということを教えてもらいました。

医師からはこの状態で働き続けることは悪化させるだけだという前置きとともに「診断書を書くのでお休みしましょう」と言われました。

正直めっちゃ悔しかったです。

めちゃめちゃ意気込んで入社した会社なのに、全く歯が立たずに数か月で適応障害で休職。人生終わったじゃん。え、これからどうしよう。

こんな感じでかなりネガティブな事が頭をよぎりました。

でも、こんな状況で働いていても良いことはない、むしろ悪化して他者にさらに迷惑をかけるのは嫌だ、と思い、仕事を続けることは一旦諦めて診断書を出してもらうにしました。

そして上司に診断内容を報告し、正式に休職することになりました。

私が休職することになり、自分が持っていた案件を他の人に回してもらうなど、上司には社内の各方面に連絡してもらったので、かなり迷惑をかけてしまいました。それがとても申し訳なかったです。

ただ、私が居なくても会社は回る。ということも知りました。良くも悪くも。


現在の状況

絶賛休職中です。
正直、復職するのが怖いです。

でも、会社を辞めるのは自ら茨道に進むことになるので怖い。短期離職という職歴的にまずい経歴が残ってしまう。

でも仕事しないと生きていけない。

これからどうしよう…。

今は心身を休めなければいけない時期なんでしょうけど、いろいろと考えてしまう日々です。

かといって不思議と前職に留まっておけば良かったという思いはほとんどないので、それは良かったなと思います。

もう少し仕事から離れて、冷静に考えられるようになってから、今後のことを考えていこうかと思います。

まとめ

この記事を読み返して、「あぁこんな時期あったよね」と未来の自分が笑っていますように。

そんな未来が来ることを願って、今の私の状況を細かく記録して、いつかのための備忘録として投稿します。

もし今同じような状況にある人がこの記事を読んで、少しでも私の経験が役に立ったらいいなと思い、自分の中だけにとどめずに公開することにしました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


↓その後少し回復して今後のキャリアを考え始めた頃の話

↓stand.fmでは音声でもお聞きいただけます。


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