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渋谷 〜色彩を持つ街〜

灰色の建物に囲まれ、さまざまな色を身に着けた人々で溢れる渋谷は、黒だけが正義じゃないのだと叫んでいる。
私の地元はとても田舎で、電車もバスもなかった。何年も待って、やっとできた電車に乗り、初めて行った街が渋谷だった。
バランスのとれた服を身に着け、真っ赤な口紅に負けないほど綺麗に化粧をしている人たち。黒髪が絶滅した街で、楽しそうにショッピングをしている人たちが、私には、お洒落な異世界に住む主人公たちに見えた。
誰もが主人公になれる渋谷は、どの店も、どこを歩いても、エキストラにすらなれていない場違いな田舎者の私を拒まずに、受け入れてくれた。道を尋ねれば、丁寧に教えてくれる人もいれば、「私もそっちの方に行くので」と言い、一緒に行ってくれる人もいた。あまりにもいい人たちばかりで、危うく泣くところだった。
たくさんの知らないものにも出会えた。30秒歩けば、飽きもせずに現れるコンビニですら個性をまとい、有名なチェーン店たちも私の知らない形をした椅子やテーブルを置いていた。LOFTなど大きなお店には、知らない商品が種類豊富に仲良く並んでいて、広告ですら、とても綺麗な色をし、とても楽しそう。異国の知らない食べ物たちがおいしそうな匂いを漂わせ競い合う中で、私は、おしゃれを気取って、何が入っているのかよくわからないカレーとふわふわのパンケーキを食べた。街に流れる新しい音はなんとも愛おしそうに今を歌い、それを口ずさむ人々や「僕の歌も聴いてくれ」とギターを片手に叫ぶ人に驚く。ちょっと小道を歩けば、怪しい店が隠れることなく、自分の欲望に正直であれと鮮やかに自己主張をしていた。次々変わる景色を進んで、私の目的地、Bunkamuraに到着。駅から歩いて行ける距離に何でもあることに感動冷めぬまま、初めての舞台を観た。
渋谷という小さな街は、限りない個性と新しいものたちを「それはいいね」と、全てを受け入れてくれている懐の大きな街だった。田舎者には、とっつきにくい街だと思っていたけど、そんなことなかった。
帰り道、私は電車の中で、悲しくなった。地元に近づくたびに、色がなくなっていく。黒髪は絶滅なんかしてなかったし、スーツを着なくていいはずの人たちですら、ものの見事に真っ黒だった。私の今まで見ていた世界は、黒が正義だと馬鹿みたいに信じて辞めない人たちで溢れている小さな世界だとやっと気づいた。
私は今、地元を離れ、東京で暮らしている。仕事の帰り道、毎日のように渋谷を通る。渋谷は、今も変わらず、色彩を持ち、いつ行っても知らないもので溢れている。黒髪は随分と前に辞めたけど、ここでは「不良」なんて誰も呼ばないし、むしろ「いい色だね」と褒められる。本当はどんな色になっても良いし、どんな人だって主人公になれるんだと今の私は知っている。今度はどんな色になろうか。


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