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サブリーナ

 オーストリアにバードガスタインという華やかだった面影のある小さな街がある。夏は避暑地として、冬はスキーや狩りを楽しむ山の奥にある素敵なところだ。

 私がそこにを知ったのは、ウィーンに来た頃から私を友人として迎えてくれたスウェーデン人の元スーパーモデルだったPiaが連れてきてくれたからだった。彼女のたくさんいる恋人の一人がこのバードガスタインにいた。
(当時90年代初めのウィーンはかなり保守的だったので、アジア人の私が現地の友達を作るのは容易ではなかった)
  その彼は建築家で、私の作るランプを直ぐに気に入ってくれて、その頃からの私のメンターになってくれている。

 
 この街には何故か不思議なエネルギーが流れていて、毎回ここに来ると私の人脈が大きくなっていく。まるでここが心臓のポンプで、忘れていた場所まで血液を運んでくれる感じだ。
 思いもしなかった人に出会ったり、出会うチャンスをもらえたり、いつも何かが起こる。

 その中でも一番印象的だったのはイタリア人の俳優夫婦との出会い。
 ある時その建築家の彼は朝一でその夫婦の家に打ち合わせに行った。私も何故だかついて行くことになった。

 ドアを開けた彼女はまだモーニングガウンのままだった。そんな起きたばかりの素のままの彼女を見て私は彼女と同じ匂いを感じた。長いダークヘアで、背丈も歳も同じくらいだし、何処かミステリアスでアーティストの持つ独特な雰囲気を漂わせているのもドキドキした。そして私達は直ぐに意気投合した。
 ご主人はハンサムで素敵な容姿だった。イタリア人にしては静かで真面目で、でもチャーミングなあの瞳はたくさんのファンがいるに違いない…それも直ぐに見て分かった。

コーヒー飲んでいく?
まだパジャマだなんて全く気にしていない彼らの様子。

嬉しい!良いの? 
このオーストリアの山奥でイタリア人の淹れてくれる本物のエスプレッソが飲めるなんて想像もしてなかった。

 遠慮を知らない私はそのまま言われる通り居間までお邪魔した。

 すると、イタリア典型のゴツゴツした美味しそうな朝に食べるクッキーがたくさん並んだお皿と、クルクルっと回して出来る本場のエスプレッソマシーンが出てきた。そこで飲んだコーヒーは今までの中で一番美味しかった。きっと、バードガスタインの湧水とイタリアから直行で来たコーヒー豆のミックスが美味しい材料の一つだったかもしれないし、あの独特なイタリア人が使う洗剤とかパスタの入った箱とか、色んな匂いが混じったせいでこのコーヒーの味をどんどん美味しくしたんだと思う。
 付け加えると、きれいに片付いているお部屋がまるで映画のワンカットを撮るセットの中みたいだった。

 数ヶ月して、彼女は私を彼女達のトスカーナにある別荘によんでくれた。真夏のトスカーナは夢のようで、たった数日間だったのに一生忘れられない旅になった。
 彼女はローマの空港まで真っ赤なジープで迎えに来てくれた。そのまま直行で彼女の海辺の家まで向かった。
 車の中では、彼がイタリアではとっても有名で、普通に街の中を歩けないとか、何処に行っても写真を撮られサインを求められ、お土産屋は自分のとこのTシャツを持って彼に走り寄り、着てくれとせがんでくるんだとか話してくれた。

 全くその通りだった。私もこっそりムービースターになったような気分で夢の数日を過ごした。

 そしてもう一つの出会いは、そこにいた彼女達の息子だった。

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