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【Beauty Japan FUJIYAMA】1st Inspectionに参加した話 [下]

こんにちは。読む人 山村 愛(やまむら めぐみ)です。
今回は、Beauty Japan FUJIYAMA大会に向けて開催された、1stインスペクション2日目に参加したお話です。1日目、逃亡心と腹の痛みしか抱えていなかった私が、2日目、今日まで生きてきて良かったと思ったんです。これは一体、何事でしょうか?私の目で見た、Beauty Japan FUMIYAMAを綴っていきます。

DAY2 静岡市 ドラミカフェにて

心理学を学ぶ原点となったドラミカフェに
このような形で戻って来るなんて
とても感慨深かったです

2022年6月19日(日)、1st インスペクション2日目は静岡市の「ドラミカフェ」にて開催されました。
こちらは、全国に100店舗以上展開しているリラクゼーションサロン、「もみかる」を経営する「株式会社 ドラミカンパニー」さんによるカフェです。ビッグです。このドラミカンパニーさんも、Beauty Japan FUJIYAMA大会のスポンサー企業。またもや、すごいスポンサーさんがバックについてくれているため、ヤマムラのBeauty Japanへの不信感←え
の更なる薄らぎに繋がっております。笑

DAY2-1: 気持ちの変化

インスペクション2日目開始早々
あぶれないように必死

1stインスぺクション2日目の朝、出掛ける準備をしながら、(今日もみんなに会えるんだ!)と、ワクワクしている私がいました。人生って何があるかわからない。3日前には会ったこともなかった方々に、今日はこんなに会いたくなるんですよ。部外者意識が失せたというか、Beauty Japanで私の居場所も用意されていたのだとわかって少しホっとしたんだと思います。あのイナオカさんにも会いたくなっていたんですよ。すごくないですか?笑

行きの車内でも前日とは打って変わって、無意識に涙が流れるヤバイ状態から脱却です。
会場に入ると、「メグちゃんおはよう!」と、声をかけてくれる方たちがいて、心がポカポカと温かくなりました。私の会場入りがゆっくりだった為、1日目にお話ししていた馴染みの方々から離れた席しか空いていません。(まじか…安心感から縁遠いポジショニング…。何故席のことを考えて早めに会場入りしなかったんだ…)と、後悔するも遅し。あまりお話していない方々のテーブルに着席したので、恐怖の名刺交換は健在です。腹をくくり、これは己の名前を知らせるためだけのツールなのだと言い聞かせ、死に絶えスレスレサイトの名刺をお渡ししました。

1stインスペクション2日目 開始早々、稲葉さんによる ” 半強制的にコミュニケーション取らせるゲーム ” が催され、目立ちたくがない為にとにかくあぶれないよう、こちとら必死です。そのお陰でファイナリストの方々と更に打ち解けられたので、今となってはそのような強引な企画に感謝しかありません。

DAY2-2: 夜と霧と私

あのやる気のなかった1日目の表情とは違う
神妙な面持ちを撮り押さえられていました
1日目より若干のやる気がありそうじゃないですか?
説得力ある画像です

この日は、スポンサー企業をはじめとする方々のお話を聞かせていただく” 講話 ” がメイン、前日腹を痛めたスピーチもない訳なのでその辺りは朗報です。しかし、どちらに転んでも文句が出るものですね。今度は、(座学やん…こんなに話聞きまくる日って…)などと思うんですよ。手に負えません。

1stインスペクション2日目講話内容
■ 喜山整形外科ハーブクリニック 喜山克彦院長
■ 株式会社ドラミカンパニー 長谷川幸弘社長
■ Jam9 ギズモさん
お三方の講話には共通するものがありました。

「ヴィクトール・E・フランクルを知っていますか?」

という言葉を皮切りに喜山先生のお話が始まりました。

(んん?知らないな…誰だろ。)

「彼は心理学者です。彼の心理学は ” 絶望の心理学 ” と呼ばれています。」

その瞬間、時が止まりました。

(.....夜と霧だ。)

喜山先生の1時間の講話は私がとても大切にしている本のひとつ 、ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」のお話だったんです。

強制収容所として有名なアウシュヴィッツではない、小規模強制収容所に収容されたユダヤ人であり心理学者のフランクルが、実際に自分の目で見て経験した極限状態の人間について書いた本。

この本に出合った当時の私は、骨肉腫で抗がん剤治療を受けた自分の姿がそこにそのまま書いてあることに衝撃を受けました。私の治療に使われたのは、200種類以上ある中でも、吐き気の副作用最高峰と言われる抗がん剤。
フランクルをはじめとするユダヤ人の方々の経験とは比にならない程、私の経験はちっぽけだと思いますが、人間が死に直面しながら絶望の中にいると、多くの人がこの本に書かれた通りの末路を辿っていくことを身を持って経験しました。

私は、主治医の先生から治療しなかった場合の余命宣告をされていました。治療しなければ死ぬことが決まっていて、じゃあ生きたいと思ってもその治療は生き地獄。夢も希望もありません。治療したとしても再発と転移に怯えながら生きていく。そして身体障害者になることも告げられました。やせ細り骨と皮になり、治療中は歩いてトイレにたどり着くことも難しい。2週間に1度ベットサイドに届く医療費の高額の請求書に、自分はここまでして生きる意味があるのかと、生きる意味を問い続けました。私の心の反応も、フランクルの書いた通りに、第一段階から第二段階へ、そして第三段階へと同じように段階を踏んでいったんです。

どんな絶望の最中でもそこに光を見い出すか
出さないかで結果は大きく変わる

「絶望したとしてもそこには必ず光がある。」

喜山先生がそうおっしゃった時、声を上げて泣きたくなりました。この時も、私は絶望していたからです。

(これでも光はあるのか教えてくれ…絶望でしかないこの状況に光があるなんて思えないんだよっ!!!)

私の魂っていうんですかね。とにかく喜山先生に向かって心の中で、そうずっと叫び続けていました。
Beauty Japanにはキラキラした人しかいないんです。そんな中に、人生をかけてでもやりたいと思った会葬礼状ライターの夢に破れたばかりの私が混ざっているんです。絶望していました。
故人様に、ご遺族様に寄り添いたい、悲しみの中を生きてきた私なら絶対に寄り添える。形をまだ成さない誰かの思いを文章にすることが好きで、その人をそこにいるように、その人の温もりを感じるような文章を書けるんですよ。私なら絶対に。根拠のない自信ですけど、その自信を打ち砕かれた直後の私が喜山先生のお話を聞いていたんです。

このインスペクション会場で絶望している人なんて私しかいないんじゃないかと思いました。

” だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代わりになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引きうけることに、ふたつとない何かを成し遂げるたった一度の可能性はあるのだ。”
ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」

治療をしていた当時の私を振り返れば絶望の中にも光はあるとわかります。骨肉腫の経験が私の人生の舵を大きく切って今があるからです。でも、今のこの絶望は別件で。いくら喜山先生が夜と霧から言葉を引用して、私にあの時の私の経験をリマインドしてくれようが、「そんな風に思えない。以上。」みたいな。夢絶たれ心折れて、この先どう生きていくんだろうって手ぶらで呆然、夢を叶えた状態でBeauty Japanに参加するはずだったのにキラキラもしておらず、惰性でそこにいる人としか思えません。

喜山先生との出会いによって私の心に再び光が灯りました

「使命って命を使うって書くでしょ。」

喜山先生がそう言った瞬間、

(...え?)

私の心に、何かが灯りました。
私は、あの日からずっと自分の命の使いどころを探して生きてきたからです。命の使いどころが使命なのだと知りました。今まで考えたこともなかった。私はみんなを見送った25歳の頃からずっと、自分の ” 使命 ” を探してきたんだって知りました。それに気づけただけで、今日まで生きてきて良かったと思いました。私が求め続けてきた話だったんです。

講話後、喜山先生のところに駆けつけて

「夜と霧、私大好きな本なんです。だから今日は先生のお話が聞けて本当に嬉しかったです。」

とお伝えしました。

「夜と霧を読んだことがある人がこの会場ににいるなんて!!!」

とても驚いていた喜山先生。共通の好きな本があるって嬉しいと思う瞬間です。

「私は、骨肉腫になった時の抗がん剤治療で夜と霧と全く同じ状態を辿りました。私の経験は強制収容所ではないですけど、人間の極限状態を体験して。でもそこにはたしかに光がありました。」

「あー…あれはね、強制収容所だね。」

喜山先生に寄り添ってもらったことで、あの当時の私の気持ちが救われたような。心が軽くなっていくのを感じました。

そしたら、何故、Beauty Japanのインスペクションにこのような時間が設けられていたのかもなんとなくわかってきたんです。こんな話って早々聞けないと思うんです。そしたら、なんかもう、FUJIYAMA大会に感謝しかなくて。こんな機会を与えてもらえて本当にうれしかったんです。少しずつ、OGの方々が言ってる「BJ最高!」の意味がわかってきました。

DAY2-3: 私の使命とは?

みんなで食べるごはんのおいしさは格別です

お昼休み、モタモタしてたら出遅れて、既にグループは出来てる状態。もうみんな食べ始めていました。(やべーごはんひとりで食べないと)って思ったら、「メグちゃーん!こっちこっち!ここで食べよう!」って。私のことを気にかけてくれる仲間が出来ていました。うれしくて泣きたかった。

午後に行われたウオーキングレッスンでは、杖がまぁ邪魔をして、他のファイナリストのみなさんと同じポーズが取れなかったり、ターンは一方向にしかできないんだ私、などと色々なことを知りました。「あくまでも自分らしくでいい、それがBeauty Japanだから。」そう運営の方から言っていただいたんです。杖なのに私のウオーキングを褒めてくださるファイナリストの方々もいたんですよ。みなさんどんだけあったかいんです?

そんな風に過ごした2日間、洗脳とかそんなでも何でもなく、Beauty Japan FUJIYAMAが大好きになっている私がいました。運営の方々、スポンサー企業の方々、ファイナリストのみなさんと昨日も今日も当たり前のように一緒にいたんですけど、あと2回で本番で。そしたら会えなくなるんだって思ったら、もうなんだか今から悲しくて寂しいんです。

私のBJアレルギー、どこへ行ったんでしょうか。

スポンサー企業のみなさんも、本当に真剣にこの大会の成功を祈ってることを知りました。スポンサーさんがいなければこのFUJIYAMA大会が成り立たないこともわかりました。お世話になるし、実際お世話になってるから、感謝の気持ちを込めてInstagramのストーリーズなどでタグ付けするのは、おかしなことではないということも、今はわかります。それまでは自分のプライベートアカウントでそんなこと絶対にしたくないと頑なに思ってました。なので、インスペクション会場でスポンサーさんとのご挨拶もお写真を撮ることもほとんどしなかったんですけど、今は後悔しかありません。

で、思ったんです。私は参加者だからって、どこかお客さん的な。ファイナリストの1人なんだからもてなしてくれよ、何から何までやってくれよ的な感覚で参加していたんです。←何様
このFUJIYAMA大会を支える運営の方々の本気さをずっとそばで見ていたら、お客さんじゃダメなんだって気づきました。このFUJIYAMA大会を成功させようって運営のみなさんが掲げてる目標を、私も一緒に叶える一員なんだと思いました。

使命って生きとし生けるもの全てに必ずあると思うんです

「あなたの使命は何ですか?」

Beauty Japanでよく聞く言葉なんですけど、先にもお話したように私はずっと自分の命の使い所、使命を探してきたことを知りました。私の出来ることをやればいいと思うんです。使命は背伸びすることじゃないから。自分の命を使うんだから背伸びなんて出来ませんし、そもそもそんなの私には向いていないんです。

運営の衣梨さんたちもよく言ってくれます。無理しなくて良いって。出来ないことは出来なくて良いよって。イナオカさんはそうは言ってくれないはずだけど。笑
私に出来ることってほんの些細なことです。文章が書けるくらいかもしれません。私のバックに控えてるスタンドである精鋭の友人たちはやっぱり私と同じように、「Beauty Japanって、大丈夫なの?」みたいに思って少しは心配してくれている方々がいます。私がBeauty Japan FUJIYAMAに出来る恩返しって、こうして見たことをありのまま書くことで、FUJIYAMA大会が怪しさなく本当に素晴らしい大会なんじゃないかな(まだ大会出てないから予想)そんなことを文章にしてこんな風に発信して、ひとりでもいいから誰かにBeauty Japan FUJIYAMAを知ってもらうことなのかなと思います。

2日間貴重な経験をさせていただきました
この環境が当り前ではないということを忘れずに
自分の出来ることに挑戦し続けていきます

ということで、長きに渡り、” 怪しんでいたヤマムラがBeauty Japan FUJIYAMAを好きになるまで ” を書いてみました。
ファイナリストの方々とは1stインスペクション後もメッセージのやり取りをさせていただいて、みなさんのやさしさを更に思い知りました。だからみなさんのことがもっと大好きになってしまったんです。メッセージのやり取りの中で、みなさん何か乗り越えて今こうしてFUJIYAMA大会に参加していることを知りました。キラキラしてたのは成功したからじゃなくて乗り越えてきたからなんだって、だからみんなやさしくてあったかいんだって知りました。だからBeauty Japan FUJIYAMAは最高なんです。私は、そのメンバーの一員であることを誇りに思います。

この1stインスペクションの記事、上・下合わせて原稿用紙35枚以上の文章量になってしまいました…それだけ色々見て感じて考えたということですね。
「Beauty Japan FUJIYAMA 1st Inspectionに参加した話 上」は、こちらから。
お読みいただけるとうれしいです。

2回に渡るとてつもなく長いレポートでしたね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ではでは、また次の記事で。

山村 愛


Beauty Japan official HP
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