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ニュージーランド病だったあの頃

人の数より羊の数
どこまでも続くのどかな風景
この国にどれだけ癒されたことだろう

最初に行ったのは添乗員としてでした。
仕事を辞めようかと考えていた頃。
今よりもっと羊だらけでノンビリしていて
心が穏やかになっていくのを感じました。

それから数ヶ月後、仕事を休みクライストチャーチに1か月。
ホームステイしながら英会話スクールにも通いました。
ノンビリ流れる時間。
心が穏やかになる空間。
週末には近隣を旅したり、友達と飲みに行ったり。

あまりに楽しすぎて日本に帰って3か月後、今度は2か月の予定でクライストチャーチへ舞い戻りました。
ワーホリで行くことも考えたのですが、そこまでの決断が出来なかった…。

1か月は学校に通い、1か月はバックパッカーで南島を旅してました。
仕事では訪れない小さな町へ立ち寄ったり
いつもは駆け足の町にノンビリ滞在したり
大自然の中を子供のように走り回り……
山歩きを楽しいって思ったのもこの時でした。
いくら小さな島国といっても1か月ではまわりきれません。
必ず帰ってくると決めて2回目の滞在は終了。

会社も「NZに行きたい」っていう気持ちを理解してくれ、添乗員としても何度も何度も訪れました。

約束通り翌年に今度はバックパーカーとして2か月の予定で再訪。

その直前に弟の死があり、行くことにためらいもありました。
でもそんな時期だから…行った方が良いって考えて決行!

南から北へ行きたい場所を点でつなぎ、バスに揺られての2か月。
樹々の匂い、風の音、逃げていく羊のお尻、
NZワインとチーズを持って幸せのひととき
南十字星に天の川、マゼランまで見える星空
たくさんの人に出会い、助けられました。
何もかもが楽しくて、今でも私の心の中でキラキラ輝いてます♪

この旅で私の気が済んだのかもしれません。
NZ病はおさまり仕事でしか行かなくなりました。

この頃よく一緒にPUBに行ったNZに住む友達も結婚したり、日本に帰国したり、それぞれの道を歩き始めました。
私だけでなく周りの友達も人生の節目になる時期だったのかもしれません。

それから数年が経った時、クライストチャーチ地震発生。
大好きだった大聖堂広場の無残な姿。
言葉を失いました。
旅人の私がここまで思うのだから、住んでいる人たちにとっては心の拠り所がなくなったような思いだったと思います。

最後にNZに行った時、クライストチャーチでは道やビルの建設がだいぶ進んでました。
でも町の中心部分はまだ立ち入り禁止。
ひびの入ったままの建物が多数。

今はどうなっているのだろうか。
ホームステイ先の子供たちもきっともう結婚しているかな?

つらい時にばかり行っていたNZに
癒されてばかりだったNZに
もう1度行きたい♪

最後まで読んでいただき、ありがとうございます♡

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