いなかっぺぇが、京都のいけずに鈍感なまま、高級デパートの中で店長してた話
「え?村?てなに?」
日本人は、村という存在を忘れてしまっているのだろうか。市でも町でもなく、わたしは村育ちだ。
正真正銘いなかっぺぇである。
村出身というだけでちょっと色眼鏡的な、いや村眼鏡的な(そんなんないけど)ものを通して見られるのは慣れたもん。
釜で米炊いてないから(お風呂は薪だけど)、井戸水飲んでないから(洗濯は今も井戸水)、木で火おこしてないから(余談:おじいちゃん木こり)、コンビニとか....未だにないけど、でも同じ日本だよって感じで。
そんな、わたしも都に住んで、10年超。
バンドマンとお付き合いをして、都に出てきた「いなかっぺぇ」。
職業は無職。貯金0。絵にかいたようなダメダメなかんじ。
そんな時、たまたま目についた子ども服の販売に、子ども好きだしなぁてだけで何にも考えずに応募。
採用後に配属されたのは、イイ香りがする高級デパート。採用されるまで買い物したこともなかった場所だ。
初日からバスケ選手のタンクトップで行って怒られる、いなかっぺぇ。
タンクトップ着て怒られてたわたしが店長になり10年間も勤めれたのは、都のお客さまと、いなかっぺぇの素直さの相性がよかったからだと思ってる。
遠回しなイヤミを言われても、3回来店して何も買わなくても、とにかく会いにきてくれることが嬉しすぎた。知り合いもいなくて心底寂しかったのもあるけど。
ココロからの嬉しいは人に伝わるんやなぁていうのは、都のお客さまから学んだこと。嬉しいは嬉しいで返すのが人間ちゅーもんだってことも。
お商売されているお客さまが多かったのも勉強になったし、そんな方たちこそ、最後はわたしが支えたらなって母性爆発しはる。
地下アイドルを支える的な(アイドルではないことは承知)。
円形脱毛症になった時は自分のことのように調べてくれ、辛い時はみんな顔を見て話を聞いてくれた。初めは試すかもしれないけど、信じてくださった時からは一番の味方になってくれるんが都のお客さまやと思う。
試される時間はちょっと長めやけど、そのあと浮気せんと通い続けてくれる。だから、京都で販売辛いなって人がいたら、会いに来てくれたことを素直に喜んでみてもイイと思う。
いけずの先には、味方がおる。はず。
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