【創作】脳が咲いちゃった
幼稚園のときの話。
ある日、知恵ちゃんとままごとをしていたら「ポコッ」とワインの栓が抜けたような小気味良い音がして、「なんだろう」と顔を上げたら知恵ちゃんの頭のてっぺんから何かが勢いよく噴き出ていた。
それは文字と記号と数字を重ねて適当に線を間引きしたような、読めそうで読めない何かだった。色とりどりに彩色されて、しゃぼん玉のようにしばらく宙をふわふわと漂ってからパチンと弾けてしまう。
知恵ちゃんの脳みそが咲いちゃったんだと私は思った。知恵ちゃんの脳みそに種みたいなものが埋め込まれていて、気付かないうちに大きくなってとうとう頭を突き破って出てきちゃったんだ。
視線を下げると知恵ちゃんの顔はもっとひどいことになっていた。目玉が縦へ横へとぐるぐる回り、上の歯と下の歯が互い違いに突き出ている。私はすぐに先生を呼んだ。
「あー、春子ちゃんは初めてか」
駆け付けた先生は特に驚いた様子もなく肩をすくめた。
「知恵ちゃんはときどきこうなっちゃうの。でも治す方法があるから今度は春子ちゃんがやってあげてね」
先生はそう言って、知恵ちゃんの後頭部を拳で何度も殴りつけた。親の仇でも殴っているようなすさまじい勢いだった。そしてしばらく殴り続けていると、知恵ちゃんは目を覚ました。もう頭から何も吹き出していない。
「じゃ、また遊んであげてね」
先生は満足そうにその場を去っていった。
「知恵ちゃんだいじょうぶ?」
私はこわごわと知恵ちゃんの顔を見つめた。知恵ちゃんは呆けたように宙に視線をさまよわせていたけれど、ニコリと笑って私と目を合わせて、
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
と、喋った。
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