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1/27 下駄箱の向こうの彼、って話(上)

 下駄箱の向こう側の彼に私が接触し始めたのは、入学して3か月が経った頃だっただろうか。

 私が通う高校は明治○年に創立された歴史深い伝統校だ。建てられて以来一度も改築されていない木造校舎は県の指定文化財になっているくらいだが、学生の間ではひどく評判が悪い。黒く色ずんだ床は歩くたびにギイギイと音を立て、底が抜けたらどうしようとこわごわと歩く。教室の扉は1週間に1回ワックスを塗らないと開かなくなる。どこに居てもかびの臭いが鼻孔を刺激する。あまり使われない特別教室は特に酷く、いつも窓を開けながら授業をしているので、冬を迎えたら手が凍えてペンを持てなくなるかもしれないなと今のうちから心配している。

 改築工事の話は今までに何度もあったそうだが、その度にOB・OGがワーワーとしゃしゃり出てきていつも破談になる。毎回口をそろえて「歴史を変えるな!」だそうだ。反対の声を上げるOB・OGは未来からタイムスリップしてきたのだろうか?

 そんなわけで靴箱も木製で、私が使っている下駄箱の奥面には小さな穴が開いていた。
 
 それは穴というよりも裂け目と言う方が適切かもしれない。木目に反抗するように縦に細長い稲妻形をしており、普通は目に入らないほどの小さなものだ。そもそも靴箱の中をじっと見つめる人間もいないだろうが、梅雨が明けて陽が伸び、下校時刻になると西陽が背中を照らす時期になるまで気が付かなかった。
 靴箱の中に光が差し込み、裂け目を通して向こう側が見えた。こちらと向こうを隔てる壁はとても薄いらしい。真っ黒な大型のスポーツシューズの2つの爪先があった。使っているのは男子か。
 

 そして、私は彼にイタズラを仕掛けることにした。
 家で捕まえたカマキリを裂け目に当てがって中に入れる。空になった単四の電池を入れる。シャーペンの芯を50本ほど入れる...。申し訳ないという気持ちも塩粒ほどあったので、ときどき黄色いハンカチを入れておいた。

 もちろん彼に対して何の恨みもない。私の衝動的な行動、幼い頃にアリを踏みつぶして悦に浸るような、誰にも咎められることのない無垢な悪意が顔を出したのだろう。顔も名前も知らない相手を一方的に痛ぶるという行為、これほど背徳的で愉快なことはなかった。

(続きは明日書きます...)

 書きました→(続き)

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