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1/28 下駄箱の向こうの彼、って話(下)

 (上)はこちらから。

 イタズラを始めてからすぐに夏休みを迎えた。その間もずっと「今度は何を仕掛けてやろうか」とばかり考えていた。夏祭りの夜店で売られているホットドッグの串、かき氷のストロー、蚊の死骸。抜けるような夏空の下、縁側で入道雲を眺めていると、アイディアはどんどん浮かんできた。

 秋。腐った銀杏、首なしトンボ、栗のイガイガ、柿のへた。その他大勢。
 冬。泥にまみれたひとつかみの雪、彩り豊かにカビた餅。その他大勢。

 気が付けばもう2月の末になっていた。私の予想通り、特別教室は窓を開けたまま授業が行われた。
 その日は理科の実験で、換気の意味合いもあるのだろうが窓から凍える風が入ってきて、生徒はみな身体を縮こませる。部屋の中央にこじんまりとした石油ストーブが置かれているが、その熱波は半径1mにも届かない。
 私は2年次から文系コースに進むので投げやりに授業を受けていた。実験は男子にやらせてノートを写してもらえばいい。頬杖をついて窓の外を眺めていた。
 弛緩した脳みそで薄曇りの空を見上げていると、
「あっ」
 あることが頭をよぎって小さな声を出した。
 2年生になると靴箱が変わる。
 となると私が彼にイタズラを仕掛けられるのは、あと2週間くらいか。考えるとなぜか虚しくなった。楽しいおもちゃを無理やり取り上げられるような感覚だろうか。
 本当によくわからないことに、だけどなぜか彼の顔を知りたくなった。

「17:30、クツバコノナカ」という紙を朝に差し込んでおいた。何のことだか分からないかもしれないが、とりあえず覗きには来るだろう。
 ひっそりと彼の顔を見に行くのではなく、靴箱の中の対面を選んだのは、私なりの一つのお詫びだろうか。それとも靴箱の中のコミュニケーションを最後までやり通したかったのか。


 時間が来た。17:30を告げる時計が鳴る。私はスッと一息吸って靴箱を開けた。冬になってもう陽の光は差さないので中は暗く裂け目は見えない。けれども私は目をつぶっていても裂け目の位置を探り当てることができるだろう。何度も触れた場所だ。


 向こうのフタが開いた。


 ハッとする。おでこの中心が痛くなる。左頬にピリピリと電流が走る。全身の毛穴が広がる。耳の穴が2cmくらい下に移動する。世界から音がなくなる。全身に寒気が走る、液体窒素、フリーズドライ、鮭。浮かんでは一瞬のうちに過ぎ去る思考、風か光か。ワームホール、目と目。


 彼は2秒ほど硬直して。

 淡く微笑んだ。


 って話。

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