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#7 おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます

「ようこそ、僕の別荘へ」
 そう言って私達を招き入れたミクベ神は、相変わらず海の家でアルバイトをしていそうなお兄さんで、申し訳ないけれど神様という感じがしなかった。ううん、まぁ…閻魔様にお会いした時も、そんな厳かな気持ちにはならなかったわね、そういえば。いわゆる「仮の姿」という物かもしれない。あの暴れん坊な将軍様だって貧乏旗本の三男坊という仮の姿で城下町を闊歩していたんだもの、一見今風の若者に見えてもちゃんと神様に違いないわ、ええ。
「あのっ、どう見てもサーファー兄ちゃんなのに本当に神様なの?」
 私が必死に押さえ込んだ疑問を、シロちゃんがあっさり口にする。そしてクロ君が慌ててその口を塞ぐ。
「あー、まぁね。よく言われる」
 どなたから言われてるのかしら?
「一応これは人間社会に紛れ込む姿で、本当はもっと大きくて人とかけ離れた姿なんだよ。でもこっちの姿の方が話しやすいでしょ?」
 私が黙って頷くと、ミクベ神は嬉しそうに笑って応えた。
「えっと、その前に改めて確認させてもらいたいんだけど、君達って閻魔君の所から来た子達で大丈夫、だよね?」
 閻魔様の「君」付けに多少の違和感がありつつも「そうです」と答えた。そしてクロ君が言葉を続ける。
「数ある異世界転生者を求める世界で、特に急を要していると伺いました」
「うん、そうなんだ。早くしないと空が落っこちるからね」
「空?」
 見上げるも、ミクベ神に出会った時と同様に、青く澄み渡った見事な晴天が広がるばかり…
「ここで立ち話もなんだし、中に入ってよ」
 そう促され、私達は参道奥で鎮座する本殿へと入っていった。

 生前、本殿は神域で人は入る事は許されない場所という認識だったため、いくらそこに奉られている神様の案内とはいえ、それなりに恐れ多い気持ちで落ち着かなかった。しかし当のミクベ神は気にする事もなく、スタスタの進み神棚の脇を通り抜け更に奥へと進んだ。しかしそこは行き止まりで壁しかない。
「ねぇ、ユメミおばあちゃん。この壁、変だよ?」
 シロちゃんが薄目で目の前の壁を睨みつけている。そして、漆喰の壁を指先で軽く押す。
 ズ…と壁に沈み込むシロちゃんの指。
「えっ…シロちゃん?!」
「ユメミさん、待ってください。これ、幻影ですよ」
 今度はクロ君が壁に手を当てると、なんの抵抗も無いようにスッと手首まで壁の向こうに抜けてしまった。
「いやぁ、やっぱり猫は勘がいいね。そうだよ。コレは人の子がうっかり入ってこないように作った目隠しさ」
 ミクベ神が埃を払うように壁に手を滑らせると、引手の取っ手が現れた。それを横に引くと、ガラリと音を立てこじんまりとした空間が現れた。
 ベッドと、ちゃぶ台のような小さな机。あと同じく小さなタンスに、懐かしいブラウン管テレビが床に直接置いてあって、まるで若い男性の一人暮らし部屋のようだった。
「僕は人間が好きでね、こうして人の真似をしてるんだ」
 ミクベ神が愛おしそうにタンスの天板を撫でた。その様子からして、これらの家具は幻影でなく、実際に人間の店で買い求めてきた物なんでしょう。
「ところで、話は戻るけど、本来の僕には3つの首があった事はもう聞いたかな?」
「確か商店街の魚屋の大将が、そんな事を言ってました」
 若返ったおかげで記憶力が良くなった事に感謝しつつ答えると、「あそこのお刺身おいしいよね」と妙に日常的な返しがきた。
「僕は昔は3つの首があったんだよ。それでね、昔この地上を中心として、それを照らす天上と、地上と天上を支えるための地下の3つの世界を創ったんだ。そこでは1番住人が多いこの地上界で寿命を全うすると天上界に昇り、そこで地上界での穢れを落としたら再び地上界に戻ってもらう。そして地上界での穢れが多すぎて昇れなかった子は地下に行って少し長めに穢れを落としてもらって、また地上に戻ってもらう。それがこの世界での魂の循環の流れね」
 聞いた感じでは、私達の世界の輪廻転生とあまり変わらないかもしれない。
「でね、僕はそれぞれの世界へ同時に加護を与えるために、3つの首に合うよう体を分けて、それぞれの世界で見守る事にした。あ、僕は地上担当ね」
「つまり、今はこの世界には3人のミクベ神様が居るという事なんですね」
「その通り。でも困った事が起きてね…地下の僕が殺されたんだ」
 今までの淡々とした話し方のままサラリと言われたので、理解が追いつかず戸惑う。どう反応したらいいか分からず、助けを乞うように、私はチラリと隣に居る猫ちゃん達に視線を送った。
「殺されたって…神様が死んじゃったってこと?」
 シロちゃんがオドオドと問う。クロ君も言葉が見つからないのか黙ったままだし、私もうまく口が開かないまま。
「うーん、殺されたには違いないんだけど、神に「死」という概念がないから、首の1つが壊されたって言う方が正しいのかな?ただね、問題はそこじゃないんだ」
 神様を殺す者が居て、自分の体の一部を壊されたというのに、それ以上の問題ってなんなのかしら?怖いから出来れば聞きたくは無いのだけれど。
「僕達は各界に加護を与えるのと同時に世界を支える柱を維持しなきゃいけないんだよ」
「柱?」
 私の言葉にミクベ神が頷く。
「この世界は1本の柱で天上、地上、地下を繋がり、支えられている。その柱自体は君達も見たはずだよ」
「まさか、あの高い塔が?」
 クロ君の言葉にハッとした。
 私たちがミクベ神殿を探すために入ったお役所は、どの建物よりも高く塔のようで、確かに天にも届きそうではあった。
「そうだよ。僕の幻影で建物に見えるようにはしてあるけどね。実際は3つの世界を貫くように建ってる」
 でも今は地盤となってる地下の柱を維持するミクベ神が居ない…ということは?
「現在、あの柱は下からゆっくり崩壊し始めている」
 初めて見せる深刻な表情のまま、ミクベ神は宣言した。
「この世界は近い内に支えを失い、完全に崩壊する」

#8につづく


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