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人間ドック、それは人間力を試される場所②

前回のつづき


人間ドックで初めてバリウム検査に挑むことになった私(31)ーーー


何度も経験している人生の先達の皆様においては、何を今更バリウム如きで、と鼻で笑われてしまうかもしれない
そして、もう鼻で笑える境地に達したことには尊敬の念しかない


薄暗い検査室に入る直前、「危ないから」とメガネを外された
突然ぼやけた視界
「メガネは私の命と言えるほど目が悪く、メガネがないほうが危ないのです」
などと抗議をする間もなく

「はい、台に乗って」
と言われてしまった

「発泡剤です。飲んだら見せてね」
粉薬と、コーヒーのミルクほどの少量の水が渡された

「げっぷが出そうになりますが、飲み込んでください」

ゲップの知識はあった
なるほど、たしかに、口に含んだ途端にシュワシュワと発砲し出した

経験したことのないお腹の膨れ感を感じる
が、胃下垂のためか、そこまで苦しさは感じず、げっぷはでなかった

しかし、ここまではまだ序章
嘘みたいなことが起きたのはそれからだった

まず、嘘みたいな量のドロドロとした液体が手渡された

「発泡剤がなくならないうちに、全部飲み切って!」

パンと軽く手を叩かれ、ハッパをかけられた

お祭りで買う大きめのビールの紙コップと同じ大きさに、8割ほど不気味な、どうみても人体が受け付けない匂いを発する液体がたぷたぷと揺れている

「早く飲んでください。
飲んだら、空になったのを見せてもらいます」

「これ、全部…?」

「はい。発泡剤が効果なくなるので、早く飲んでください」

検査技師さんは、じっと厳しい目を私にむけている
これはもう逃げられない
大人になってここまで自由を奪われて何かを強制されるのは初めてだ

とはいえ、文句を言えば、ゲップが出てしまう可能性がある

一口なんとか、のんでみたが、
これはまずい、想像以上にまずい
しかし、検査技師さんの圧がある

なんとか、二口、三口と息を止め、根性的飲み進めていくが、気持ち悪さから吐き戻しそうに何度もなった


口の周りを真っ白にして、涙目になって、なんとか飲み切った私は、縋るような眼で空のコップを見せた

おそらく私は、褒めて欲しかったのだと思う
この、見知らぬおじさま検査技師さんに

「よく、こんなに嘘みたいにまずい飲み物を、嘘みたいに大量に飲みましたね、えらいですねー」と

しかし、現実はいつだってビター

「じゃあ、その台の上乗って手すりに捕まって、で、今から言う通りに回ってください」

褒めてもらえるどころか、さらに難題が降りかかってきた

視力0.1未満の視界で、ぐるぐると訳もわからず回転していた
どちらが天井か床から上下左右わけがわからない

そして、密室で命令されると、何の抵抗感も次第になくなってくることに気づく

ぐるぐるを繰り返していると、
重そうなドアが開いて、
「ちょっと、発泡剤が足りないので足します」
と、また一袋と小さな器の水

嘘みたいなのこと

とは、もう思わず、
ただただ命令に従う意思なき生命体と成り果てた


検査後、メガネをつけた私の前には鏡があり、放心状態、髪はボサボサ、口の周りは真っ白の見る果てもない姿になっていたのを覚えている

涙も出ていた
社会人になって酸いも甘いも受け止め、噛み締め、飲み込み、それを栄養に強い心を作ってきたと思っていたが、その自信は打ち砕かれた

まだまだ私は、あまちゃんである

最後に確認のため受付に呼ばれると、
某コーヒーショップの1000円チケットをもらえた

これが飴と鞭か
泣きべそから笑顔に変わる

私は子どものままだ
人間力を鍛えなければいけない、それを思い知るのが人間ドック

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