利用者をケアする一方で、職場で働く人の尊厳は無視される問題

社会福祉法人グローと愛成会が性暴力とパワハラで提訴された件。

訴えた経緯を記したサイトを見てみると、その中に私自身がここ数年で感じてきたことと同じことが書いてあって、ああやっぱりそうなのかって。

社会福祉は、「人権」や「尊厳」を扱う専門性を持つ分野です。しかし、人権や尊厳を重んじる社会福祉業界では利用者には福祉的なケアを提供する一方で、職場で働く人に対する尊厳を軽んじる性暴力やハラスメントという深刻な問題が存在しています。

利用者をケアする一方で、職場で働く人の尊厳は無視される問題。

ははは、、、うける。
ほんとーにうける。
福祉が暴力構造にのっかってしまってて、それに気づかない。
うける、笑える、笑うしかない、わはは、、、

人権や尊厳を損なわれてきた人が困った末に助けを求めるのが福祉。
その福祉の現場が暴力構造に気づかない人たちで運営されているという悲劇。

傷ついて、疲れ果て、やっとの思いでたどり着いた先でも暴力がふるわれている。
そんなところで、安心して休めるわけないじゃん。
回復したり元気になったりできないじゃん。

私は、利用者がケアされ、同じくらい、そこで働く人も尊重されてほしい。
そう願うのはあまりにも馬鹿げたことなんだろうか?
異常なことだろうか、狂っていることだろうか?

ごくふつうのことじゃないのかな。

◆◆◆

ごくふつうのことがなされない環境が放置され、深刻な問題として手がつけられずにいる。
それほどにぼくらの社会は人間性が壊れてしまうほどのダメージにさらされていて、それをごまかして生きているんだろうなって。
だから、これほどの問題に気づかないでいられる。
麻痺してないとやってられないから。

わーわー言うてる私自身も麻痺したまま生きてきてしまったうちのひとり。
けれど、もうそうしてることに耐えられない。
耐えられないなー。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
うれしすぎる!!
4
30代/仙台/人は自分の中に作りあげた「牢獄」からいかに自由になれるか(ライファーズ)/のり塩推し