依存症家族で育った子ども

この人たちと僕はどこか似ている。
福祉施設で知り合ったアルコール依存症、処方薬依存症から回復し続けている人たちとの出会いがはじまりだった。けれど、お酒にも処方薬にも依存していない僕は気にしつつも、頭の片隅にとどめるだけにして毎日を過ごしていく。

忘れかけていた頃に目の前に現れたのが三森みささんの『母のお酒をやめさせたい』だった。これうちの家族のことが書いてある……むさぼり読むなかで依存症/アディクションという病気のことを名前だけ知っていただけで、大事なことはなにも知らなかったのだと思い知らされた。

依存症は本人だけの問題に収まらない。そのパートナーが、子どもが、家族がその病理に犯される病気だったんだ。

依存症という脳の病気になってしまうと、大切な人さえも大切にできなくなってしまう。親から家族から大切にされたという感覚がうすいのは依存症の影響があったからだったんだな。

僕が生まれ育った家族もその病理のなかにあったんだ。
僕は依存症家族の子どもだったんだ。

そう知ることで、あの家族のこと、過去の意味がわからなかったものたちの理解への道がひらけ、「ああそうだったのか」とひとつひとつ腑に落ちていく。意味がわからないままにしていたことが意味がわかるようになること。
それがこれほどにうれしいことなのか。

知りたい。僕は僕のことを知りたい。あの家族のことを両親のことを兄弟のことを知りたい。そう願った自分がいて。何度も挫けては諦めて放置した。けれど、それでも知りたいという願いは消えてなくならずに何度も顔を出して僕を突き動かした。この執念おそるべしや。自分で自分におののく。

この依存症という病気とその病理の影響について、ほとんどの人が知らない、あるいはスティグマが貼り付けられて大きく誤解している。
たぶん、知ることに耐えられないからだろう。僕もひとりじゃ到底無理だった。支えてくれる人がいたから知ることができた。

依存症への理解と知識で人は救われる・変われるんじゃないだろうか。そのくらいの驚きと衝撃とうれしさがある。

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