黒薔薇公女からの手紙(劇詩)
龍が、
皇居の甍づくりの御殿屋根に舞い降り、
明灰色から
夕秘色へと
虹の様にうつろいかがやく
霊験を
目の当たりにし
カシウスは肝をひやした。
古代羅馬の皇帝カリギュラの
暗殺犯として
歴史に刻まれたはずのカシウス・カェレア Cassius Chaerea は、
皇帝の
近衛隊 Praetoriani の隊長であると同時に
ゲルマンの
狂王ルートヴィヒを、
髑髏の記章と、
白面と碧眼と
剣と稲妻と
忠誠の六重奏的に
守護する、
銀の重ねいなずま
黒い狼団 Schutzstaffel の
中将の目が、
ふたつとも
日本人の視界に照り返る。
コロセウムの殺意が、
来朝した
皇帝の幼馴染
狂王の、
獅子吼に呼応し、
天空に照射された
サーチライトの
円陣列柱に抱かれて膨れあがる。
カシウスの胃の底に
おおきく穴がひらき
その穴からは、
ゲルマンの地底に巣食う
妖怪たちが這い上がり
胃の中に居座る。
カシウスの腹の奥で
演説は不吉な星周りをひろげて円座する。
カシウスは拗ねた。
来日中の、
ヴァチカン枢機卿が暗殺されたことを
テレヴィは
全ての放送を
一斉に中断して伝えた。
カシウスの目は、
手前に停まった
外観がロールスロイスで
その内部を
分厚い浮き織りの、
ケンタウロスが跋扈する
物語織りのタペストリーで覆い尽くしたその奥に、
エメラルドが柄に嵌った
武装杖に
左右を護られたおとこが
着座しているとわかっただけではなく、
側近達の着座の群が
冷たい声で会話するのを、
読唇術で読み取った。
・・・・・・・・・法皇聖下、
モンシニョール・エウジェニオの
暗殺は成功しました。
おとこはカシウスの視線をかぎつけ、
読唇術で
会話を、読まれたことにも気が付いた。
その驚愕、
ヴァチカンに立つ、
かつてはカリギュラが
私設戦車競技場の
中央に建てていた
美しいオベリスクを買い取り、
教団法皇の権威と
天皇を凌いたい、
欲望、
眼光
靴音を
すべて読み取られた怒り。
ロールスロイスは、走り去るその前に
両翼から、
武装杖の護衛を降ろした。
・・・・・・・法皇の両眼の中で、
カシウス・カェレアは
古代ローマ人で、
西暦2桁年代で、
そこは宮殿の入り口の
大きな階段の物陰で、
暗殺犯の衣のしたに
近衛隊の高級将校の記章をつけたまま、まもなく降りてくる
兵隊靴を履いた人頭くじゃくを、
薔薇よりも黒く
死界へ送らんと、
息をひそめていた。
暗殺スコープの中に、
カリギュラの着座が映し出された。
羅馬皇帝は狂王が、
すべての人民がたったひとつの首しか持っていなければ
一刀のもとに斬首できるのに、と零したので
朕ならばそれができる、
と応えたのだ。
カリギュラは、
建築術の華であるコロセウムに
一週間で、羅馬人の総てを結集させた。
なまあたたかい
人波のページェントが
コロセウムに躍った。
フィールドいっぱいに、
人文字で、
伝説の男娼の妖艶譚をえがかせ、
半仮面とフォンタンジュ鬘
手管
偽恋文と
手紙に仕込んだ猛毒
黒ばらの蔓の束鞭
悩乱を、伝播させる舞踏を
次々に躍動させ、
マリー・アントワネットのギロチンのように
斬首の場面をえがくと、
カリギュラは、
紫織りの敷物に靴を踏み込みながら
合図の扇を、青空に掲げ、
フィールドの地面の板を、すべて落した。
人文字をひとつぶのこらず、
狂王が
肝を冷やして恐れる
地獄という場所の
詩的猛火とよく似た、
釜の底の
猛熱が、たいらげた。
カシウスは
まもなく降りてくる
兵隊靴をはいた人頭孔雀を、
ばらよりも黒く
死界へ送らんと、
息をひそめていた。
カリギュラは
コロセウムに赴くときには必ず、
遠く離れた国々の出来事が浮かんで見える
おおきな魔法のエメラルドを
懐中に携える。
それはユダヤの四分封領主
ヘロデ・アンティパスを追放し
没収した
領土と、財産の一部で、
先帝のティベリウスが持っていた同じ効能のエメラルドよりも
ずっと大きいばかりではなく、
生け簀に飼われた
ウツボの眼光のように、血の気配に呼応する。
もちぬしの死期がせまると
半球の
穹窿が、
野深い蒼に浸され
天体の
星周りの災厄を微笑むのだ。
髑髏の記章が砕かれた。
法皇の護衛は、西暦4桁年代の暗がりの奥へと、消えた。
髑髏の塵は、カシウスの骸に撒かれた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?