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ロシアの「アクティブ・メジャーズ」と保坂三四郎氏と琉球新報

偽情報の流布などを通じ自国の影響力強化を図る「アクティブ・メジャーズ」の手法を暴露した『諜報国家ロシア』の著者・保坂三四郎氏と、メディア界でもかなり左寄りな琉球新報の間で一騒動あった。

もめ事の大本となったのは、2019年10月の「米、沖縄に新型中距離弾道ミサイル配備計画/ロシア側に伝達、2年内にも」という琉球新報の結構古い記事だ。これに関しエストニア国際防衛安全保障研究センター研究員の保坂氏が昨年12月に日本記者クラブで行った記者会見で、概略「ロシア大統領府顧問セルゲイ・グラジエフ氏が琉球新報記者とモスクワで会い、米軍が沖縄に核兵器を配備するという偽情報を提供し、それが琉球新報に載り、沖縄の世論に衝撃を与えた」と発言。今年に入り琉球新報が「『核兵器を配備する』などとは書いていない」「記事は名指しされた高官とは全く違う人物への取材に、補強を重ねて出した」と反発した上で、「社を貶める、少し考えれば分かる間違った情報」を確認もせず拡散していると日本記者クラブを批判した。

保坂氏は、情報源がグラジエフでなかったという点について琉球新報の主張を認め、事実誤認だったと謝罪。日本記者クラブもユーチューブで公開中の会見動画から、当該発言部分を削除した上で会報で謝罪を表明し、騒動はひとまず収束した、ことになっている。

でもこれ、かなりもやもやすんだよなあ。ポイントは二つあるが、一つは琉球新報のニュースソースのことなので、水掛け論になるからここでは書かない。

もう一つは、保坂氏がXで公開した琉球新報宛ての説明文が指摘している点。そのまま引用すると、問題となるのは、「琉球新報記者が懇意にするロシア大統領府関係者が、モスクワ滞在中の同記者をわざわざホテルに訪ねて、米軍が沖縄に核配備するというセンセーショナルな『内部情報』を提供することで、同記者が琉球新報に核弾頭搭載可能な中距離弾道ミサイルの配備計画に関する記事を発表した過程およびその内容」であり、ロシアが「在日米軍の動向に特に敏感な沖縄世論をターゲットに反米感情(特に米軍基地への不信感)の醸成を目的にしたと考えられ」ることだ。この保坂氏の危機感には、個人的には共感できる。

さらに私としては、そもそも琉球新報の記事は、アクティブ・メジャーズ云々以前に、記事のつくりとして大丈夫なのか、という疑問を抱かざるを得ない。記事のリードの主要部分を紹介しよう。

中距離核戦力(INF)廃棄条約が(2019年)8月2日に破棄されたことで、条約が製造を禁じていた中距離弾道ミサイルの新型基(ママ)を、米国が今後2年以内に沖縄はじめ北海道を含む日本本土に大量配備する計画があることが2日までに分かった。琉球新報の取材に対し、ロシア大統領府関係者が水面下の情報交換で米政府関係者から伝えられたことを明らかにした。その情報によると、米国は2020年末から21年にかけての配備を目指し日本側と協議する。

『琉球新報』2019年10月3日

米国と事実上、敵対関係にある国の政府関係者から「米軍がほにゃららするつもりだそうですぜ」と聞かされたとして、こういう記事書くかねえ。「分かった」というのは、事実関係としてそうである、と断じる表現です。従って、事実でなかったら「大誤報」。信頼できる米政府や米軍関係者から聞いたならともかく、ロシア側から得られた情報で、「米国に~する計画があることが『分かった』」なんて、米国内の情報源から裏を取らない限り怖くて書けません。というか、デスクの関門を通らない。事実、今年24年の時点で、米軍は中距離弾道ミサイルを日本に配備していないわけですな。

とはいえ、琉球新報の記者が「引っ掛かる」伏線がなかったわけではない。この記事が世に出る2カ月前には、下記の報道が既に流れていたからだ。例示したのは共同通信だが、米国防長官の平場の発言なので、日本だけでなく米主要メディアなども同様に報じているはず。

米、アジア太平洋に中距離弾も INF失効受け、配備意欲
2019.08.03 共同通信 国際 (全474字) 
 【バンコク共同】エスパー米国防長官は3日、記者団に対し、米ロの中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効したことを踏まえ、アジア太平洋地域に地上発射型中距離ミサイルを配備したいとの考えを示した。ロイター通信が伝えた。中国への対抗が念頭にあるとみられる。同条約の失効を受け、アジア地域で米中ロの軍備増強が進む恐れがある。
 エスパー氏は配備の時期について「数カ月でできればいいが、それ以上かかるだろう」と述べた。エスパー氏は4日にはオーストラリアでポンペオ米国務長官と合流し、米豪の外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を開く。アジア太平洋地域での中国をにらんだ連携などを協議する見通し。
 米軍制服組トップの統合参謀本部議長に指名されているミリー陸軍参謀総長は7月、上院軍事委員会の公聴会で、中国に対応する上で地上発射型中距離ミサイルは有効だとの認識を示した。
 米国は、中国が南シナ海で、米軍の空母も標的となり得る対艦弾道ミサイルの発射実験を行ったことを強く警戒。アジアへのミサイル配備に傾きつつあり、グアムや日本も配備先として検討される可能性が指摘されている。

面倒くさいのでこれ以上は深堀りしないが、もっと以前から同種の情報は公に飛び交っていたはず。つまり、琉球新報の報道以前に「米軍は中距離ミサイルの日本配備を検討しているんじゃね」と見なされていた中で、ロシア大統領府関係者が「配備先は日本でもやっぱり沖縄っすよ。しかも核付きの弾道ミサイルっすよ。いいんすか? いいんすか?」と琉球新報の記者に耳打ちしたってわけ。真偽がはなから疑わしい仰天情報じゃなくて、既に煙が立ち上っている状況で火をたきつけるという構図になっているところがミソ。これこそまさに、保坂氏が著書で指摘したロシア流アクティブ・メジャ-ズですね。

実は、ロシアが沖縄に注目し始めたのはわりと最近のことだ。これまたしっかり調べたわけではないが、ロシアの日米離間工作が活発化したのは、北方領土問題の解決を目指していた安倍晋三首相が「歯舞、色丹の2島先行返還」路線を事実上認めた、18年11月の日ロ首脳会談のあたりからだと思う。

例えば、19年3月にはガルージン駐日ロシア大使(当時)が日本記者クラブ(再登場!)での記者会見で、「歯舞、色丹島にはロシア軍以外のいかなる軍隊の駐留も受け入れるものではない」と述べて、返還後に米軍が駐留することへの懸念を示した。

沖縄については、18年10月末に豊見城市で開かれた「ロシア武道代表団交流演武沖縄大会」に、トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表が出席したことで 一部界隈をざわつかせた。極東連邦管区には、クリール諸島(北方領土と千島列島)を管轄するサハリン州が含まれる。琉球新報もこのイベントを取材して記事にしており、ロシア当局とのつながりができたのもこのあたりだったりして。

琉球新報に限らず、日本メディアの記者は、ロシアの工作の手近なターゲットである。自分の見聞した限りでは、ロシア大使館員の典型的な手口は、まずセミナー等で見掛けた記者らしき人物に突然あいさつをかまして名刺交換し、その数日後に「先日どこどこでお会いしたロシア大使館のなになにと申します。今度お食事しましょう」とこれまた突然メール。そこで赤坂や虎ノ門、銀座当たりのトルコ料理屋(なぜかトルコ)に記者を呼び出して四方山話に終始し、終わり頃に「では来月はいつどこで会いますか?」と次回のアポを取る。

こうした交流を数回重ねて、ある時おもむろに「実は(例えば日本の政界事情について)レポートを書いてほしくてですね」と切り出し、記者がサービス精神を発揮してレポートを渡すと謝礼を支払う(幾らかは知りません)。カネが絡めばもう取り込んだも同然。だから記者たるもの、ロシア人に食事に誘われても奢られてはいけません。というか、奢られた「まま」にしておいてはいけません。それ、毒まんじゅうですから。レポートに至っては、「ダメ。ゼッタイ。」



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随分長くnoteを放置してしまいました。諸事情で更新が途絶えておりました。ウクライナ侵攻から2年、憤りばかり募る昨今ですが、ウクライナ支援継続の必要性など言いたいことは専門家の皆さんがしっかり話してくれているので、私などが書くことはほとんどありません。一言もの申すとすれば、米共和党のジョンソン議長は許さん。

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