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小説:創作の勇気

年々失われつつあるもの
気色の悪い清涼飲料水には果糖ブドウ糖液糖を
暑いので流し込め
勝手に忘れちまうさ

 気体のない空間に遊歩道、歩けば犬に吠えられ猫には威嚇されて、女学生のクスクスに男学生のフリをして嫌なもんだ。
 崩れた場所を避けて掃けて去り行くような目玉に枝を刺しては叫び声を響かせ、人気はもうずいぶんと昔から感じられない。
 やつれた合理主義の末路、薬物中毒者の未来に社会を重ねてみたり、移ろいゆく人は激しく自明に何もかもを晒し尽くしたから、圧倒的自己否定の隙間に生きる。
 爆撃は止まず、耳も目も鼻も効かなくなった。

三つばかしのルールで、手を変え品を変え繰り出される沢山の恐れる経験。
・恥に孤独に嘘の上塗り
・見えないものだけを信じろ
・0→1のまぼろし。
3、という数だけが鳴り響いている。狂いそうな鐘の降り積もる地へ歩みを進めた。

 さん、さん。と、降り注ぐ太陽、焼け爛れた地面、液体のようになる足。
 エネルギーなく口にしたチョコレートも酸っぱくへたり込むベンチも死霊の置き場とくれば死んだようなつもりで閾値を越えず批判する精神はとりあえずの愚かしい思い出。
 だから歩けないのだ。喋れないのだ。
 考えは常に点を指し、広場は閑散と人の頭だけが浮いている。
 役のない散歩、または自己監視、諸悪は暇で、どこまでも続く道と終わりを迎えるこのクソッタレの肉、除けばそこは矢の降り注ぐ。
 耐えきれずうらぶれた病院に近づいて、ベッドは怒りを鎮めた前と違うような儀式、荒々しく叫ぶ医者のように白黒に近付いていく。
 天使のような魚を掲げた。
 腕の中のわずかな芯を折り口は認識を切り裂く。
 ガツガツと口の中に運ぶ。爛漫な悲しみ。

「うるさい性液のスープに、ごた混ぜの響き、言い訳と意味不明、ハキハキとだけ、こんなもので変えられるか」
「うすら寒いような疾病には大切なものが必要なのですがね、砂のように変わってしまえば「大変よ、ママ、ママ。薬を取り上げないで」なんて泣き言しか出てこない」
「出ておいで、もう閉院時間だろう! ねむけをしらしめろ‥‥」

 診察はいつだって世の中の白い所だけを見せつけてくる。幼いころに煩った妄想と同じような世界観で「オナジミサン」を探している。
 遠くで雷が鳴った八日間の道のりにずっと眠りこけて残された寝言にも指示はないままに粘土をこねてよく分からない形が出来上がる。
 例えるなら無意識のモノリス、土砂降りの形になる願い。
 それを持って、商工会議所に向かって事業の説明をしていた。
「ささがきごぼうを把持した経験も必要だ、それが助けになるから、遭難者は誰もかれもを連れて行こうとするんだ」
「だからこそ、遭難者とならない為に、鳴らない人を求めているのですよ、この粘土細工だって、立派な人財だ。おっと、今は人罪でしたっけ?」
 あまりにも高騰する計画だったもので冷ややかに現実を見させられた。
 病院だなんて言わないで、事業なんてありもしない者をでっちあげて離したとて、なんだかぼんやりと河川敷にへたり込み川を眺めている。
 等間隔に大きな橋がかかり、遠くでは賑わいと排気ガスに煙を上げた工場が見えた。
 赤やピンクやらの化繊が流れてきてはピスタチオ色をした鳥の世間話が耳から離れない。
 <世紀の阿呆はどこからでも、皆さんのお腹から、または猿に敬礼、動物以下の社会へようこそ><いいやこいつは厄介なよぼついた若者、又はざっくりと願いを込めた快楽主義者の虜のようなものに違いない>
 ただ逸話ばかり並び、こちちらこちらと、河川の中敷きにされた遭難者といったものたちの出来物にやられている。
 日々迫る南京虫、軟禁されているのもまた虫のように、拝金を示し廃金のためにあの利権とは単なる虫の痙攣に過ぎず隅々までに広がった冬虫夏草のキノコとなるようだ。
「ほらな。俺らも同じように虫だ。菌類に晒されて、円形のとりこ。願うなら散歩は止めて、祈れ、どうやってもたどり着けないだろうけどな」
 は、は、は、は、は。脚のないものが機械の足を使って駆け抜けていく。
 その笑顔が昔に見えた。
 嫌なものだ。
 河川には無数の色が流れている。由来は分からない。
 どこまでも広がる女のような空と。駆け抜けている人と、足元をはい回る虫で出来ている。
 どこか、にぎやかな場所へ。遠くに見えたビル群、近くに見える工場、ここはどこかの町で、野焼きの臭いがする。
 悪くない思いも遠く、風の中に処方薬をばらまいていこう。

「ひっかぶっちまいましてね、どう笑おうか迷い時に皆が小さく響くから、仕方のないことや」
「長閑な病院も世界を回す事業も私人にとってはどうでもいい。詩人名乗って、夢の中で女と会うんだってな。にいちゃん、ビールお代わり!」
 酒を酌み交わすそのひと時にザラザラとした肴を口に運んでは「冷やしきゅうり! 分からず野菜め、プラムのようなブヨブヨに自分だけの視点でガチャガチャやりやがる」
「どうにもやりきれない。ほら、投票だよ。集まれればまた一つ、一つと落として、それが腹の内。飲む前にしておけばよかった」
 匂い立つあの獣たちのつまらないやり取り、もしくはマルクス主義。やる気のない目の終着に皆が間劇として笑い、また笑われるが、結局は蛇に食われる。
「古い洋館を改装したカフェで静かなる時に浸してよく考えましたな。笑い者はどちらかなんて明白や」
「で、散歩する人、アンタはなんでここで事業を見極めようだなんて?」
「裏紙ですね。はっきり言って、歩き続けても雨や雪や雷や、嫌な紙幣が滝のように体を流れていった。歩けるんだから、土建屋のように色々なものを創り上げてから去ろうと思っている」
 目の前に注がれたビールジョッキ、なにものにもなれる酒と、なにものでもない水と、どちらを選ぶかを迫られているような気球が見つめられた。
 懐にはやるせないハムスターと常にそれを狙う猫がひっそりと痕をつけてくる。
 うっとおしいな。ビールを一息に流し込んで、水もハムスターも一息に呑み込む。
「ああ、ビルや家を建てるなら、今は再建時や」
「最高の仕事やったな。あれらは、今じゃ全部取られちまって、アンタのいう事業もすっぱりと、酢飯が欲しくなる。嫌な視点は確かにあるが、今なら街宣もいる。行ってみいや」
 ありがとう。ありがとうございます。またはさようなら。またどこかへ。
 言葉は特に必要がなく、どうやら酔いが回っているようで全てが眩しい。
「席を立っても、トイレすらない。しっかりと明るさのある場所に行くしかないんだ。海外、国内、どうせ詰まった洞窟のようなんだ」
「はっは、そうさ。ここは腸のどん詰まり」
「元気を出せよ、どこに行っても降り積もる雪に、こうして肉隗が目聡くやって来るだけの場所、蝋を作って下げちまえ」
 それらは応援の声のような罵声、怒声、小さな心の八つ当たり。
 ある國は相応しくなく。歩いて、どこまでも進んだあの夫婦のように、店と汚い空気を後にする。

 あるけどあるけどもあるのは巨大な建造物。工場や沢山の機械が動き回り、どうしてか人の姿はない。
 もう夕方になって、薄暗い工場地帯を歩くとどことなく薄ら寒い気持ちになる。酩酊が誘った。
 それでもずっと歩いていると人に出会うことはある。
 森や山のように、人の手が全く入らなくなってしまった場所と空に這う枝を見なければ世界観はじっとりとその姿を置いている。
『ここからは立ち入り禁止エリアです。どのようなご用件ですか?』
「幾つかの有用な事業計画についてここの管理者に提案をしたいのですが」
『いいですよ。そこで待機してください。』
 入口に立っていた警備ロボットに聞いてみるとすぐに納得し案内される。知っているのだ。私について、何もかもが漏れている。
 歩いているからだ。振動は全てを伝える。
 知らぬ間に承認され、自分は体の一部だと思い込む。身体性は浮き足立ち、社会から分離されて愚かな師弟主義だけが残った。
 偉そうな使用人とその雇い主、猟犬と了見も分からず鉄板焼きのルールを押し付けるソースの匂いだ。
『来ました。こちらの輸送カーゴに乗って、中央の管理事務所に入ってください。そちらに管理者がいるので、どうぞお好きなように』
 そう言われて荷物のように運ばれていく。
 私は荷物だ。運ばれている。どのような形態をしていたのか。
 雨が降り出して夕暮れは薄暗くなり、工場の白い光と機械のオレンジ色をしたランプだけになっていた。
 顔を出せば十字に大きく区切られた工場の中央に小さな事務所があるのが見える。そこへ行って話をしないといけない。
 なぜかとても怯えた気持ちになる。
 何も手がつかない。かかっているんだから、この泥人形はぐしゃぐしゃでもはやワームのようだ。

「ここの管が沢山の触手の集う先に繋がっていて、蒸気の出る管から供給されている栄養で生かされています。これらは沢山の人罪の食料となっていて、雑魚はそっちのふるいにかけられて」
 すんなり管理者に会うことは出来た。暇を持て余しているような、不思議な面持ちでこの工場の概要を説明してくれた。
「四つのユニットから衣食住海が精製されて、私たちの生活が保証されている。あなたが知らないだけで、真剣な面持ちで聞かないだけで、昔から皆知っていた」
 話を聞いているとただそこにいるだけで、多くの工場は管理者は名目上存在しているだけのようにも思える。
 部屋の中では一人遊び用のゲームがモニタに表示されていた。ドブネズミが這い回って食料に喘ぐ。管はここにも届き、ピンク色の液体と触手の蒸気で満たされている。
 解けて眠ってしまわなければ。
 うんざりするような臭いに、体が拒否反応を起こしそうだ。
「どうかしましたか? 私がここら一帯の統括マネージャーでしてね。はっは、このクソったれな城砦、悪夢のような連続体にうんざりしている。能力なんてものはここの製造物に対してむいみだ」
 素直に応えることはなく、持ってきた資料を渡した。
「新しい事業モデルを紹介して回っているんです。トンネルの先に光明が自動的に入り込むように今このうらぶれた労働を止めるチャンスと、冷や水を浴びせかけた病院を裏切ることができるとしたら、面白いと思いません?」
 資料をぱらぱらとめくる統括マネージャーと名乗る女性は悩んでいた。
 顔の半分は機械で、目の奥では緻密な計算と感情と人間の狭間が浮かんでいる。
 しまった。データを直接送ればよかった。そんなことを思っていると、
「どこからどこまでが我々の世界だと思いますか? 沢山の軍隊と車両がこの大地を占めて、全身に打ち込まれた弾丸とこの忌々しい肉体と、消し炭になった我々を救うことが可能だと、スクレイピング可能だと、そんな馬鹿なはずがあるか、私は触手の管理で忙しいんだ帰ってくれ!!」
「えっ、でも、ちょっと待ってください。せめて返してくれはしませんか」
 急に怒り出すものだから、渡していた事業計画書は返してもらえないまま事務所を追い出されてしまった。
「帰れ! そんな場所はなくとも!」

 どうして工場のど真ん中に事務所があるか。
 案内されている時は管理者だから全部が見える位置にいなければならないのではと思っていたが、工場から出さない為にそこに有るようにも思えてくる。
 ユニットは五つ。本当にそれだけ?
 疑問だ。三はどこかへ消えちまったのか?
『お帰りですね。まあ仕方ないことです。あの企画書では何も変わらないでしょうし、工場地区の外までお送りしますね』
 と車両と先ほどの警備ロボットが同乗して待っていた。
「はあ。そうですか。触手が大事なものというのであれば、この企画も素晴らしいものになると思いますがね」
 まるで中身は空っぽだった。
 ただその場しのぎだけ口にして、工事からは追い出される。
『さようなら、また来てください。歓迎しますよ』
「ええ」
 すると。ごと、ごと、ごと、と大きな音がして、奥地から生きのいい触手が飛び出して暴れていた。
『ああ、いつものことですよ。そんなに怖がらないでくださいね?』
 肉の良さを示すピンク、サシの入った沢山のうねる肉、スーパーに並んでいただろう特売肉。

 肉肉肉? 肉肉肉! 肉肉肉。
 食べる! 焼く!  そして放り込め!
 イキノイイカタチ 腹に入り込むのは鬱屈の誤字

 工場を過ぎれば後は汚水にまみれた処理プールが現れる。
『ここからは人の来るとこじゃありませんので、引き返すのが懸命だ』
 先の統括マネージャーの声が響いて、工場地区の扉は閉ざされる。
 ガシャン! 鉄板には何度も打ち付けられた後に出来た錆とへこみに触手の粘液。ここまで鼓動が響いて、夜は浅くなっていった。
 海はその先、処理の処理の処理が終わった後の最後に向かう場所。
 人罪にとってのどん詰まり。
 もしくは管持つ人類に至る最終地点。
「残念だったね。毎年海を見に来る人は絶えない。けれども、空も地上も、地下だってすら、海に到る道は至る所で封鎖されて誰もその姿を目にすることはない」
 多くの人が海を見る為の抗議活動に参加して、小屋まで立てて炊き出しをやっていた。
 沢山の人で賑わい、子供たちは駆け回り、大人たちはただ麻薬に没頭して、巣を張る蜘蛛のように餓えに耐えている。
 そうして、ようやっと体から死の蛍光がきらめくとき、工場地帯から飛んでくる汚水や何か不快な臭いのするガスが漂う中、黄土色をしたスープを飲むのだ。
「これは何です」
「雨とそこらに転がっている有機物さ。塩気もあってうまいぞ」
 食べろ、とばかりに渡された。
 ここは餓えだ。
 どこも飢えだ。
 それは肉体の機能が知っていた。精神はそれを破壊し、人工物の奴隷、大適応時代の観音だ。
 その湯気は触手が摂取する栄養、あのうんざりするようなくどいにおい。いつまでも鼻に残る。
「ありがとう。それじゃ、また」
「容器はそこの水で洗ってくれ。そろそろ抗議活動が再開する、早めにな」
 持て余したスープと一緒にまごまごしていると「飲まないならくれ、冷めると石のようになっちまう」
 言いながらするりと容器を奪われる。
 それを一息でジュルリと飲み、空の容器だけ残されて皆が向かっている方向に走っていった。
 素早い老人、または体の半分が触手の人罪。
「おーい! 呆けてないで早く片付けてくれ、終わらないとわたしらもいけないんだ」
 急かされるように容器を茶色い泥水で洗い流し、炊き出しの人へ返す。
 そして皆消えてしまった。
 始まるのだ。抗議は私を傍に追いやり、またそこにいることも許さない。
 耐えきれず遅れて彼らを追って歩きながら、こんな僻地にいる自分が不思議だ。海を見たいなど思っていなかった。
 処理プールの先、海と私たちを隔てる鉄条網へ。
 海は本当にそこにあるか、誰も見たことがない。
 大きな地滑りで遠く離れてしまい、ラッパを鳴らしたヤツだけが裏切り者だと遠くへ連れて行かれた。
 エセ太陽、苦い思い出の社会から抽出する屁理屈、定義もすり替えられた話も獣のように消え残った。
 残すは人と機械と無数の叫び。
 誰かに氷を入れて、皿の中に据えかねた希望を持っていたが、そんな声は届くことはない。
 届けることで何かが変わるのでは、といってむいみな事業計画書は触手に絡め取られ、寄越せなんていうはずもなく当然のように。
 星は綺麗に見える。無数の星が近づいてくる。
 取れるかと手を伸ばせば、
「中止! 中止ー!」
 処理プールから飛び出す触手。
 どす黒く半分溶けていた。みるみるうちに広がる汚染、真っ黒になって走ってくる活動家に恐慌、壊される鉄条網に何もかもが襲いくる。
「早く洗い流して! 急げ!」
 あらかじめわかって用意してあった汚水を引っ被っても瀝青のように粘性を持つようで中々落ちない。
 そうこうしているうちに炙り出された学生の姿、触手の溶けた液体を被った人から飛び出す触手。
 触手イン触手イン触手……だからアンタはろくでもない、しょうがなく世話してやってんだから文句は言うな。病気だから? 関係ないね、学校にも行けない、お使いにも行けない『穴』ばかり見て、なに考えているかもわからない。金、穀潰し、腹から出せば威勢のいい口だけの阿呆、ふんぞり返って割れちまったようだね。
 触手が人から続きどんどんと先へ伸びて海から離れるに従って元のピンク色を取り戻す。
 人は原型に戻り、動かぬままの粘菌のよう。または年金の記録のようなものだ。
「言っちゃ悪いけど、なにも起きないほうがよかったんだよね」
 そんな中現れてはしっとりとした面持ちで話す巻き毛の男。
 世界には自分しかいない。接続はなく、征服以外持たない価値の海。
「海を見た。そんなことをいうヤツらが出てきて、このウォーターフォールを曲げて汲み上げ、淀みが増えたら、困るっしょ」
 沢山を産み育て王となる。地球儀は多腕で持ち、色をつけ、泣かなくても人罪は溶けると枯れ木に濯ぐ。
「困らないよ、工場も触手も地上にしかない。ここへは来るなと言っても誰にも理解されない」
 骨董品の2ストバイクに乗ってやってきたのは工場地区の管理者だ。溢れる黒い汚泥を飛ばしながら、ふざけた色の手榴弾を処理プールに投げて回っている。
 爆発は触手に絡め取られ粘つく液体は熱でさらりと変性を続けて分離を始めた。
 処理の穴をついて逆さまの住人からライン垂れ下がり天を衝く。
 今では雨は逆向きに降りそそぐから、
「空が沈む。頼むから静かにしてくれ、王はもううんざりだ。あの幾何学模様の繰り返し」
 ずるずると並んでいる触手は元の場所、食料となるべく工場へ戻っていく。夢の大地はどこまでも続いていて、このどん詰まりから解放に到る。
 ひっくり返りそうに一瞬大気が消えて浮き上がる。至るところの苦しみ。
「あーあー。余計な事ばっかりだ。海を見たのは俺だけで十分だ。小さな魚すら飼ったことが無いのに、地上だけで何か成せると思っていやがる」
 すぐに空は沈み、取り出すは小さなナイフ。そして巻き毛の男は自らの腕を刺す。
 痛みもない。許しもない。抜いたところから青く広がる。それは黒いようで透き通った数々の記憶に近い。
「宣言をした時点で海は弾けた。お前は悪く、そしてまたそれすらも気づかず吹っ飛ばした」
「何を言うかと思えば縮小する空も知らず小さな水たまりばかりに拘泥する」
 放られるパイナップル。
 見上げれば穴、下を向いても穴、薄気味の悪い音に飛んでいく巻き毛。またはひしゃげた目の一つ。
 もう他に人はなく、処理プールの中身もどこかに流れて消えてしまった。
「新たな事業モデルがある」
 巻き毛は死ぬことはない。自身の海と沈みゆく空の間に入り込んでしまったから。
 消えた鉄条網も、その先に待ち受ける海も、興味を惹かれなかった。
 今なら上手く事業計画を説明できるかもしれない。
「そんなものはない。突っ張る糸が空を引く。うろつけばいい、機械たちなら簡単に成し遂げられる」
「バブルリンク、あれは空と繋いでいるのではなくて、他の宇宙と繋げていてそれでこの世界のエネルギーはかろうじて生き残っている。しかし、それが吸われている球体のせいだとしたら、永遠の孤独。延々と永遠と辟易の赤壁。逆流させればいい」
 富の栽培を行うことはできないから、意味不明な言葉を責任持って発すると泥人形をその糸状の何かに投げつけろ!
「おや、おや。はっはっはっ。工場の奥深くが哀れな肉を提供されるだけで満足する人罪と見ていたが違うようだ」
 バイクは自律し統括マネージャーの暗闇は半分になる。
 海が終わるよ。果ても知らず、工場から大きな炎が上がっていく。
 げっげっげっ、と声がする。もしくは単なる音。
 発話と放屁の違いは何か、どちらも不満を述べよ。問いに答えた。
『想像よりも取り返しがつかない。単一の巻き毛から海、もう人を遮る壁はない。と、なればだ」
 大きな音がして崩れ去る。
 海は海へ、空は罪ね。薄れゆく自己保存と同質な油、工場はもう限界だったろうに。
 もう煙は上がらない。きりきりと沈む活動のうつむき。

 猛スピードで海にかっ飛んでいくバイク。
 かつて体の中に存在していた触手と、内なる支配者に支配された海に逆襲されている。
 糸は何度も引っ張り合いを続けて、今にも切れそうだから思いを寄せて走る。
 それをよじ登る巻き毛の世界、雑魚か最強か、または個人的な不安のスケープゴート。
 時空間の裂け目、多様なる粒子の嘘に二重螺旋だ。
『もう少しで」早くなっていくから」!!!
 糸は極細に編まれた全ての宇宙の一つ。切れればまた終わり、始まるまでの繋がりを信じている。
 鏡のようで、歪んだ光、グラスのような職人芸。
 空、白み。家の存在を確信させる。
 魂と卵、排気ガスに生きていると感じ、蛹の中で歌を奏でよう。
「海を! 見たら! 真っ先に飛び込め! それが海だと気づく前に、気付かれる前に!」
 叫ぶ! ヘルメットなんてない。バカみたいな風が体に当たってかき分ける。
 渡された布切れで目を塞いで、世界なんて何もなくなる。嘘つきも恥晒しも、歴史的な祝い、反省などないのだ! そう叫びだす。
 早いところ逃げ出さないといけないよ。
 処理プールの間を抜けて抜けて、抜けて、そうして苦労したところでようやく海が現れる。
 しみったれた気持ちは浜辺を目にしたから。灰色の砂、素直な死の積み重ねに壕。
「寄越せ! 投げろ! 自分を投げつけろ。どうせそっぽむかれてトぶのは歯車羽根車」
 体は勝手に動き出し、飛んでいくのを他人事のように感じた。うらぶれた路地に潜む浮浪者だ。
 糸を突き破り、きっと海に沈み込む。

青く広がる彗星の中
ジェットコースターのような氷
〈スケート⛸️放射線漂う線は意思を保つ〉
飛び出すスケールに憐憫の浄化
砂時計の千切れるさま、通り過ぎて去く劫
トラタトラタトラタ
爆ける卵、ヤスリにかけてつるつる

「腕、分裂したように時間は止まる。チャツキー、チャツキー、チキキ、チャツキーチャツキー」
 半分の体は肉だけが吹き飛んで壊れたハンマーのような音を細かく立てている。
 どこか遠くへ来た。機械もなく、ただ静かに沈みゆく湖のほとり。
 ただ静かに泣いている女と少年と、女装に男装に、想像は全て誰かによって支配され、あのいけすかない異性の意識、綺麗な油なんてないのだ。
 海はどこですか?
 いいえ、またはあなたの年金はもうない
 それでは、遡上して?
 いいえ、よく似たこの泥人形をご存知でしょうから
 割れて、信じるは大蒜の香りが満ちて
 それが、大地へと。
 海はないのですね?
 全ての曖昧さを愛せないのであれば、やはりそれはない。あっちへ行けよ、行けったら。
 そうやって浮かんでいて、問いかけも何ら意味を持たず飛び込んだ先には小さな村と〈爽やかな音〉〈醜い時間〉〈許してくれ〉
 寂しげな打楽器奏者は湖面に何かを求め演奏を続けている。
 指は擦れ、足は地面に張り付き、大地のリズム。
「海? 彗星の中に流れて行って、消えちまったよ」
 テンポは一秒を切って、三秒の合間にだけ潜む。
 焚火に小さな寄り合いに遠くの光が届くのみになった。
「小さな触手が泳いでいる」
 水棲のヒルのような動きで、湖には時折ピンク色がぬらりと光を反射するのが見える。
「あんなものでも、魚を釣る餌になるんだ。鍋にするかって、海が見えないって、何を言っているんだ」
 工場は遠く遠くの果てにあり、人はいなくなったと聞かされる。
 ただ、打楽器のリズム。それだけが湖を揺らす。
 飛び込んでみろ、浮かんでいろ、照らされる月はいつもの十倍を超えて、星が近づいていくように見えた。
 巨大なものに吸い込まれて、泥人形が歩き出す。人間の叫び、どよめき、子供たちのように走り去って、腕は棒のよう。
「わかったろう。浮かぶリズムとこの音の繋がりが」
 打楽器奏者はそんなことを言う。
 紫色をした皮を張った大きな楽器は叩いた後からきっかり三秒後に音が出る。それも、音にならない震えが星を動かす。

歩くこともない
浮かんでいるだけで安堵する
全身の液体の巡る通りに
飢え。
渡された星肉
小さな小さな水の上に浮かべて

「そろそろ時間だよ。朝が来る前に眠ろう」
 焚火は徐々に小さく。煙は細長く天を繋ぐ。
 濡れた体を引っ張り上げ、火にあたり体を温める。気付かなかったけれど、体は芯まで冷えて震えが止まらなかった。
「冷えちまったか。そんなくしゃくしゃの紙束、水に濡れちまって何が書いてあったんだ」
「わからない。わからないけど、夢を沢山の泥で塗ったものだよ」
 まだ眠れないよ。浮かんだ体は頭足類のように揺らめき、または隠れて、眠れなかった。
 表紙には〈工業都市を従わせ……また人工物の終わり〉と滲んだ紫色が広がっている。

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