JUNK HEAD 熱いうちに

こんばんは、釘です。

 久しぶりに映画館に行きました。数えるほどしか人がいなかった。色々な状況が移り変わる中ではあるけれど、やはり人は少ない。
 今回は絶賛上映中の映画の感想を書き残しておこうと思う。
 この映画ははじめ、近くに上映するところが無かったんだけれども、昨日上映場所を見返したら近場でやっていたのだ。

作品情報

公開日:2021年3月26日(JPN)

あらすじ:人類は遺伝子操作により永遠ともいえる命を得た人類は生殖能力を失い、新種ウイルスによって絶滅の危機に瀕していた。その一方、人類に反乱を起こし、地下世界を乗っ取った人口生命体マリガンは独自に進化をしていった。元は生殖能力も、視力も与えられなかった彼らであったが、人類は偶然、マリガンたちの中に生殖能力を持つ可能性がある個体を発見した。地下調査隊に志願したダンス講師のパートンはマリガンたちと人類再生の道を探る。
※公式サイトより一部引用

所感

愛しかない世界だった。

 作品への熱、愛が至る所から伝わってくる良作。作品作りの粋を感じた。1人でやるってのは、全て自分だけの熱を注げるってことだ。それが分かるから、見ていて引き込まれるし、娯楽としてもとても楽しめる。
 物語にぐいぐいと引き込まれていくのは、その映像の中で本当に生きているから。人類のディストピアめいた生活はマリガンたちのどこか人間らしい生活と対比され、巨大で無機質な地下世界は生き物のように色づく。
 僕が世界に引き込まれていったのは、下記の3つの理由だ。

①どことなくかわいらしさがある人口生命体マリガン。
②小気味よいテンポで進む物語とちょっとしたユーモア。
③それぞれのキャラクター性に感じる愛。

 物語も分かりやすく表現されていて、特に事前情報が無くても楽しめた。
 SFはとかく練られた世界観が重要そうに見えるけれども、それをどう説明せずにその世界で生きているものたちの行動などを組み合わせて物語として表現するか。ここはジャンル問わず変わらない。
 引き込まれる世界っていうのは、これが凄くすっきりとしていて入り込みやすい。
 各々の生き物がそれぞれ生き抜く地下世界と、そこに放り込まれる主人公がしっかりと化学反応を起こして、物語が娯楽として昇華されている。
 見終わった後は、映画に出て来たキャラクター全てに愛を感じた。クノコにさえもそれを感じることが出来る。
 ストップモーションで撮られた映画で、全て1人の手によって生み出された作品だからというのもあるだろうけれど、1つの世界として完成しているし、主人公が地下世界に落ちてきたことによって「これまで」が変わり、様々な事象が生じ、1つのまとまりのある物語として作品になっているのが観ればすぐに分かる。
 そうした諸々を踏まえて、僕はこの作品には愛しかないと感じた。
 ここまでやれてしまう、やってしまう。その強い気持ちが作品の根にあるから、ただただ感嘆するばかりで、なんとも言えない満足感が残った。

 もし、気になった方は、見て欲しい。
 絶対、損はしない。

 最後に。
 JUNK HEADは公式サイトもしっかりと確認はせず、昔youtubeで見かけて、それきり忘れていた作品だった。ようやく完成したんだ! という気持ちと、どうして忘れてしまったかなと少し寂しい気持ちになった。
 僕は映画を見る時、あまり事前情報は入れないようにしている。そこにある映像が全てだし、なにより僕の頭には沢山の情報は入らない。
 7年かけて、1人。
 全て自分だけで独自の世界観を作り上げる人を僕は無条件で尊敬する。創作、作品は、ある程度商業的な形を取って表されるのが常だが、個人で作り上げるものはそこから距離を取る。
 そうした強さを持つ作品に出合うのが、僕の小さな旅の一つでもある。
 例えば、ベクシンスキーのような唯一無二の世界だったり、Codex Seraphinianusを作ったルイジ・セラフィーニ、ヘンリー・ダーガーが思い浮かぶ。
 これらは、アウトサイダー・アートに属するものかなと僕は思う。
 商業的な何か、ではなくて、本当に自身が表現したいものを表現し続けるという偏執的な熱。狂気にも近い愛がやはりそれらには存在する。
 だから人々を惹きつけてやまない。シュレーバー院長が神の女を夢想するのも、A・アルトーが思考し続けた視点、世界、こうしたものに僕が惹かれるのもそうした理由なのだ。
 ラヴクラフトがダンセイニの神話的世界に首を垂れ、そこから自分なりの世界を作り上げたことだって、それに近い。

 僕も夢見た彼らの世界に、

それでは。

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