見出し画像

第195話 火龍、水龍、毒ノ龍 


 車を湖畔に移動させると、徒歩で林道へと入っていく。

 目的地である白龍神社は、リゾートホテルが管理する区画の内側に鎮座してはいるが、本来およそ人間が管轄できるような土地に収まってなどいなかった。
 休業中の観光船ターミナルの横から自然林の小径(こみち)へと入ると、ヒュッと空気の変化を感じる。まだあまり歩いていないのに、途端に呼吸が苦しくなった。少し湿り気を帯びた道には所々に小枝や葉っぱが落ちていて、空気の粘度が重たく体に纏わりついてくる。

 ちょっとした上り坂、息切れと共に気分が悪く、休みたくて仕方がない。途中で何度かけーこに止まってもらうと、その都度鞄からペットボトルを取り出した。

 ただ歩くことに集中する。たかがニ、三十分の道のりが果てしなく長く感じられ、今はこれ以上歩きたくない思いで一杯になる。
 少しボーッとした頭で、一本だけ弧を描くように道に張り出している太めのつる枝を見つめていた。地面までの全長およそ三メートル。

 ああ、なんだかあれって。なんかあれ、あれはなんか、弓みたいだな……。

 そう思いながら枝の直前まで来た瞬間、斜め前を歩いていたけーこが「キャッ」っと大きな悲鳴をあげた。
 ここに来るまで尋常ならざる程に気を張っていた彼女は、その類い稀な超感覚で聴覚を普通の人の何倍にも拡張させていた。
 ところがその状態が仇となり、敵が弓矢をつがえている延長線上を越えると同時に、ぴったりその足元にあったマンホールから聞こえてきた微かな水音(みずおと)を大音量で拾うことになったのだ。

 それから今度は、僅かに気分が優れてきた私の意識に何者かが、「巫女よ。」と語りかけてきた。
 まずいと思い、咄嗟に「ハイヤーセルフを介して!」とだけ投げ捨てるように返すと、全ての意識をより一層センタリングしていく。

 そのあとからも、糸を垂らした青虫が唐突に目の前に現れたり所々から狙いの気配を感じたりと、やはり彼らは私たちのことを次から次へと魂消させて(たまげさせて)いった。ようやく様々な妨害を乗り越えて、入口の門が見えてきた時には心底ホッとした。

 入場料を払ったのちに、白龍神社にお会いする。
 けーこによると、真っ白く塗られた鳥居を潜る直前にまで、何者かが横からいきなり「シャー」っと威嚇してきたそうで、それを聞くだけでここがどれほどのアウェーなのかを思い知る。

「お前たちはきっと途中で諦め、ここには来ないかと思っていた。」

 精霊たちでも手出しのできない神域となる鳥居の内側で、けーこはそんなことを言われたらしい。手を合わせると、だいぶ気分が軽くなっていることに気がついた。

 さらに湖を横手に見ながら、聖地として有名な九頭龍神社へと足を伸ばす。鳥居が水中を起点にしていることから、先に湖の際にいらっしゃる弁財天社から順番に回る。イチキシマヒメにお会いした時にはその再会を嬉しく思い、そして同時に納得もした。

 ああ、ここって今回の参拝で、琵琶島とのポータルになったのね。

 続けて階段を上がり九頭龍神社本宮へとお詣りすると、今まで霞のようだったククリヒメの輪郭が以前よりはっきりと整い、三浦の龍神も同じく少し、その解像度が上がるのを感じた。

「なんかね、うちら、火の柱と水の柱になるみたいよ。」

 折り返して敷地の入口へと向かいながら、九頭龍神社で言われた内容をけーこが教えてくれた。

「ひみが水の柱、私が、火なんだって。なんかちょっと変なかんじー。二つの柱を立てるんだってさ。」


 その後、水際まで降りられる場所を探すと、ほんの少しだけ指先を濡らした。
 かつては邪龍であったという九頭龍大神に想いを馳せると、湖面を穏やかな風が撫でた。

……

 駐車場へと再び戻ると、そこまで来てからようやくけーこが、それまで黙っていた真相を明かしてくれた。

「帰りもね、ここに出るまでは本当に、あいつら油断できなかった。
 行きの時は特にね、さっきのあの道の間中、『ひみを置いていくんでしょう?』『ひみを生贄にするために、そのために連れてきたんでしょう?』って声がずーっとしてたの。
……ああ、マジでキツかったー。自分の力の無さを嘆いたね。今の私の一番の弱点をこんな風に狙われるとは思わなかった。」


『箱根の山は 天下の剣(けん)』(※)

 小学校の時にも、修学旅行で箱根に来たことがあった。その時のバスガイドさんが教えてくれた昔の歌の、この部分だけが思い出された。

 精神世界の階段を上がって行く時、そこには必ず、どこかで通らなければならない試験が用意されている。今のその人の持てる力の、限界のさらにもう一歩先まで。

 こうして私たちはそれぞれにおける、己の芯を試される『登龍門』をクリアした。





※箱根八里……1901年(明治34年)発行の唱歌。
箱根の関所のある山道の険しさを、漢籍古典になだたる難所要害にたとえているものである。
(Wikipediaより)



written by ひみ

⭐︎⭐︎⭐︎

実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

⭐︎⭐︎⭐︎

けーこの聴力はマジで人外です。自宅にいながら、どこの家からかはわからなくても近所の生活音まで拾えてしまうレベルだそう笑

ええと、普段の内観による浄化が自学、それによって時々小テストや定期テストみたいな大きめの浄化をこなせるようになると、今回のは卒業試験あるいは入試でしょうか。
それか、日々の筋トレと全国大会とか。
いろんなマスターやティーチャーたちも、それぞれに合わせた試練をやってますよね。虎が出たり誘惑女が出たりオロチが出たり笑

私たちは肉体のある次元にいるので、試練をクリアしたからといってすぐに具現化するとは限らないのだけど、気づいたらものすごい底力になってるのは本当です。

そうするとちょっとのことでは動じなくなってくるし、仮に動揺したとしても、動揺しているということにちゃんと気づけてちゃんと対処できるようになってきます。
不動心がないと闇の一段上には立てず、仮に立てたとしても簡単に闇に飲まれます。

とはいえね、これほどのテストを合格はしてもそれでもまだまだ闇の中。しかもこの時から何か月も経った、今現在であってもそれでも多くの闇が私の中に残っています。

どれほど己に集中しても時間が足りずに忙しさを感じています。


有料画像第4弾
この時芦ノ湖からいただいたメッセージです。

⭐︎⭐︎⭐︎

←今までのお話はこちら

→第196話 風、起こせし者たち

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?