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第8話 スサナルノオオカミ

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 末っ子のスサノオは悲しかった。
ただ、母に甘えたかっただけなのに。ただ、母のそばにいれればよかったのに。

 高天原(※)のイザナギとイザナミがコオロコオロと鉾をかき混ぜ日本列島を作ったのち、彼らは地上に降りてたくさんの神々を産んだ。
山の神、海の神、木や水や、風や土。最後にイザナミは火の神カグツチを産み、その時女陰を火傷して死んでしまう。
その死を受け入れられないイザナギはイザナミを追って黄泉の国(※)まで行くのだが、すでに死の世界の住人となっているイザナミの姿を直視できずに逃げ帰る。
 その際、川でのイザナギの身の清めから生まれたのが、アマテラス、ツクヨミ、そしてスサノオである。

 はじめに現れたスサノオの下描きは、少し寂しそうな表情だった。
兄も姉も確かに母を知らずに育ってはいるが、根底に誰よりも優しさを湛えたスサノオは、人一倍母を案じ、同時に母を乞うていた。

「あなたは幼な心に余る感情を、どうしたらいいかわからなかったんだね。」
作業の手を止め、スサノオに話しかける。


 狼藉の限り。乱暴者。粗野な振る舞い。
アマテラスが岩戸に隠れる原因となったスサノオの紹介文はどれもこんな感じである。実際、生きた馬の皮を剥いで屋根から投げ込んだ、などと記述がある通り、目に余る行為に周りも手を焼いていたことは確かなのだろう。

 だけどこの下描きの表情には、母の愛に満たされなかった感情を、どうやって消化したらいいかがわからなかった幼い傷がただただ重なっていた。

 父親自身が未だにイザナミを引きずっている環境で、スサノオは母に甘えたい本音を口にすることができなかったし、言えたとしても流された。
 口を閉ざした分のむき出しの感情は皮膚を伝い手を伝い、どれだけ物を壊しても、どれだけ当たり散らしても、一向に平安は訪れなかった。
その無言の叫びに触れ、私は祈るように制作を続ける。


 やがて高天原を追放されたスサノオは、母のいる根の国を目指すことにする。その途中、葦原中国(※)で行きあたったのが、かの有名なヤマタノオロチ退治の逸話。
老夫婦に最後に残された末娘、クシナダヒメを妻に迎える約束のもと、スサノオはオロチ退治へと向かっていく。
 おそらくこの時スサノオは迫るオロチを目の前に、人生で生まれて初めて恐怖に向き合ったことだろう。
肉を持った、生身である外側への恐怖と、それを下支えする内なる恐怖。
母を乞うのみで現実から逃げ続けてきたスサノオに、このときスッと光の芯が通った。


 克己の瞬間、それは現れた。
天叢雲剣、別名草薙剣(※)がオロチの尾から出てきたのである。


 高天原と、黄泉の国。
天と地を結ぶ剣を両の手で握りしめた、精悍な顔つきの青年がそこに立っていた。剣先からは光が渦巻き、地は草を薙いで赤々と燃えていた。
力強さの中に優しさを宿した、己を取り戻した瞳がそこにはあった。
カッターナイフを閉じる時、スサノオが微笑んだ気がした。



※高天原…たかまがはら。天孫族、天津神(あまつかみ)が住まう場所
※黄泉の国…よみのくに。死者の世界。根の国
※葦原中国…あしはらのなかつくに。高天原と黄泉の国の中間。国津神(くにつかみ)や人間たちの住まう場所。地上

※天叢雲剣…あめのむらくものつるぎ
※草薙剣…くさなぎのつるぎ


Written by ひみ


⭐︎⭐︎⭐︎
実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。

自分でも第八話に八岐大蛇倒したスサノオ来ると思ってなかったぁぁ!

『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに
     八重垣作る その八重垣を』by素戔嗚尊

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