「DISLOYAL」 by マイケル・コーエン(ドナルド・トランプの元個人弁護士) 【書籍レビュー】

今回の書籍レビューは、トランプ前大統領の元腹心マイケル・コーエン氏の回顧録(暴露本)「DISLOYAL: A Memoir: The True Story of the Former Personal Attorney to President Donald J. Trump」です(長いので以下DISLOYAL)。発売は2020年9月。日本語版は未発売ですが、当時かなり話題になったので、「こんな本が発売されました」的な日本語記事はググるといっぱい出てきます。

コーエン氏といえば、2006年から10年以上トランプ氏の個人弁護士(personal counsel)として雇われ、“フィクサー”として重用された人物ですが、2018年、ロシア疑惑捜査の最中に自分が罪を着せられたことをきっかけにトランプ氏を身限り、一転して捜査協力に回りました。以来、捜査機関もコーエン氏の証言を希少な情報ソースとして頼りにし、特にNY州検察が立件したポルノ女優への口止め料支払いをめぐる事件では、重要な参考人として繰り返し聴取を受けています。

かつてのトランプの側近で袂を分った人はトランプ政権内だけでも数知れずですが、コーエン氏ほど懐深く食い込んだ挙句に敵対した人物はいないと言っていいでしょう。それだけに著書では、最側近でしか知り得ないトランプ氏の不品行や犯罪行為スレスレ(と言うか、普通に犯罪)の企業・政権運営のやり方が暴露されています。例えば、人気経営者ランキングで最下位に近かったトランプ氏をトップ10に入れるため、ハッカーに依頼して順位に食い込ませたとか。また、世間で知られる人種差別的な発言なんて序の口というほど究極の差別主義者で、そもそも大統領選出馬も黒人のオバマ氏が大統領になったのが許せないという思いがモチベーションとして大きかった、という話も出てきます。行間からは「こんな話で良ければ山ほどあるよ」というドヤり(?)すら感じられます。

その読みポイントを語る前に、まずコーエン氏のバックグラウンドに少しだけ触れます。

コーエン氏という人

トランプ氏のフィクサーとして汚れ仕事請負人を担ったコーエン氏。もちろん弁護士ではあったのですが、「全米最も価値のないロースクールの出身」「資格はあっても実践していない」と、弁護士としては三流であることを自ら認めています。キャリアよりも不動産と事業投資で財を成し、トランプオーガニゼーションの管理するマンションの部屋を幾つか所有していた縁でトランプ家とつながりました。(弁護士資格は有罪になった後に剥奪されています)

最初の仕事は、トランプのビルに入居していた取引業者を問答無用で即時立ち退かせるというヤクザまがいのダーティーワーク。以来会社の顧問弁護士よりももっと踏み込んだ「Personal Counsel=個人弁護士」に取り立てられ、トランプからの電話は必ずワンコールで出る、トランプのツイッター(現X)アカウントから影武者としてツイート、などなど特権的な距離感を築きます。ゆすり、たかり、脅し上等のトランプ氏の仕事の手口は「まるでマフィア」とコーエン氏自身が語っていますが、その汚れ仕事を一手に請け負っていたのが、自分だったわけです。

もともと学生時代に実業家ドナルド・トランプの著書「Art of the Deal」を読んで感銘を受けて以来のファンでもあり、トランプ氏とお近づきになりたい、という強い憧れがあったようです。そして実際にトランプ氏に取り立てられると、想像どおりの富と名声、弱肉強食、壮麗華麗な世界が待っていて、
すぐに虜になってしまいます。道徳的に(時には法的にも)よろしくない仕事という自覚がないわけではなく、家族全員から「今すぐトランプとの仕事を辞めて」とずっと懇願され、板挟みの状況を常に実感していましたて。それでもトランプ氏が象徴するものは人間のストレートな欲望を刺激し、一度味わうとやめられず、一種の中毒だったと、コーエン氏は著書で振り返っています。今、かつてのコーエン氏のポジションを担う元NY市長のジュリアーニ氏に対しては、まさに昔の自分を見ているよう、とも述べています。

そのコーエン氏も、2018年にFBIの捜査対象となった頃からは失脚の一途をたどり、最終的には有罪を認め刑務所に送られる羽目になります。しかも、そこでもトランプ氏の圧力(あくまでコーエン氏の見解で証拠はありません)が及び、仮釈放が急に無効になるなどの仕打ちを受けたことも明かしています。

著書は、私が言うのもなんですが実にフォローしやすく一貫したストーリーとしてまとめられています。このままセリフとト書きに落とし込んだらそれでもう映画化できちゃうんじゃないかと思うほどでした。ただ、トランプのニューヨーク州での事件を捜査した検察官、マーク・ポメランツ氏もコーエン氏に何度か事情聴取をしているのですが、彼の自著ではコーエン氏を「頭はいいが承認欲求が強く話を盛っている感じがする」と評し、信憑性を慎重に判断していたきらいがあります。なので、「DISLOYAL」で書かれた内容もあくまでコーエン氏から見たもの(どんな本もそうと言えばそうですが)と心に留めたほうが良さそうです。

では、ここからは私的にはまった読みポイントです。

  • トランプはマフィアのボス。ただし、ファミリーを大事にしない。

  • トランプ現象は利害が一致する「誰か」が作り上げた産物

  • トランプはドケチ。これが案外致命的

  • <おまけ>コーエン氏が認めるトランプのまともなスキルとは?

トランプはマフィアのボス。ただし、ファミリーを大事にしない

著書によるとコーエン氏は、トランプ氏の元で働き始めて間もない頃から、「まるでマフィア」と感じていました。マフィア作品の名作といえば、映画「ゴッドファーザー」を思い浮かべる人は多いでしょう。ここで描かれるコルレオーネファミリーは、組織の外には極悪非道な所業をしても家族や身内は固い絆で結ばれている印象でした(裏切りには厳しいですが)。

トランプファミリーも、世間ではかなり有名でした。2016年の大統領選をなんとなくでも見ていた人なら、トランプジュニア、イバンカ、エリックのいわゆる「トランプ家3兄弟」が、いかに父親の忠実な応援団を務めていたかよく知っていると思います。この3人は2000年代に放送されたリアリティー番組「The Apprentice」でもジャッジとしてフィーチャーされ、家族の結束を演出していましたが、コーエン氏に言わせると、それも眉唾モノだったようです。

著書では序盤から、トランプが長男のトランプジュニア氏に対して「あのバカがまたろくでもないヘマをやらかした」などと公衆の面前で罵る場面が出てきます。特にジュニア氏への仕打ちは周囲が気の毒になるほど酷かったと書かれていますが、イバンカ氏ですら全幅の信頼を置くほどの関係ではなかったそう。世間のイメージとは裏腹に「トランプの成人した子供たち3人は、3人全員、父親の愛情に飢えている」というのが、トランプ家に対するコーエン氏の見解です。

これはトランプ・オーガニゼーションも然り。唯一無二の地位に食い込んだコーエン氏ですらFBIの家宅捜索を受けた瞬間に、トランプ氏から距離を置かれるようになったそうです。どうもトランプファミリーにはコルレオーネファミリーに象徴されるような“絆”の部分が欠けているみたいです。

ちなみについ先月、ジョージア州の検察は選挙干渉に関する罪でトランプ氏ら計19人を起訴しましたが、ここで持ち出したのが、主に組織犯罪に適用される「RICO法」。トランプ氏やその周囲の協力者たちをマフィアに見立てた画期的な扱いが話題になりました。ただトランプ政権時代もさんざん使い捨てにされた“ファミリー”から離反者を出しているので、トランプ氏を除く被告18人のうち誰が最初に裏切るか、なんて取り沙汰されていますね。

トランプ現象は利害が一致する「誰か」が作り上げた産物

2016年の大統領選でトランプ旋風に火が付き、以来、現在に至るまでトランプ氏は熱狂的なファン層から常に一定の支持を受け、叩かれれば叩かれるほど人気が上がるという奇妙な現象が起きています。

コーエン氏によると、名声を得ることに対するトランプ氏の執着は並外れたものがあり、上述の人気経営者ランキングのように明らかな不正行為で獲得した名声もあります。ただ、それとは別に、トランプ氏に何らかの利用価値を見出す「誰か」との相互作用が、あれよあれよという間にトランプ現象を作り出していることも少なくないようです。

例えば、ロシア疑惑。2016年の大統領選はトランプ氏を勝たせようと選挙介入を目論んだロシアがトランプ陣営と共謀したのではないかという疑いが持たれ、特別検察官が捜査した結果「両者共謀の証拠はなかった」と結論づけられました。当時のトランプ陣営の内側を知るコーエン氏も大枠では検察官の報告書と同じ見方ですが、「共謀はなかった」というより、「共謀するまでもなかった」というニュアンスで語っています。

コーエン氏によると、ロシア疑惑は互いに利害が一致したことによる“忖度”のようなものだそう。ロシア側は政治に疎いトランプ氏が勝った方が有利なのでそのためにSNSなどの情報操作を利用して選挙介入を試みた、トランプ陣営側はロシアの介入の動きを分かっていたけれども野放しにした方が自分に有利なので見て見ぬふりをした・・・、というのが実際のところで、黙っていても互いが勝手にいいようにやってくれるので、あえて共同戦線を張る必要がなかった、というのがロシア疑惑の「本質」だと、コーエン氏は語っています。

もうひとつ、コーエン氏がトランプ現象に一役も二役も買ったと見ているのが、マスメディアです。トランプ氏が大統領選出馬を決め選挙戦のプランを練ったとき、選挙序盤は最小限のお金しか使わない方針を決めたそうですが、広報の計画を話し合った中でトランプは「黙っていてもメディアは向こうから取り上げてくれる。我々には『フリープレス』がある」と主張。宣伝費なんてタダみたいなもの、と言っていたそうです。なかなかメディアをなめた言い方ですが、その後、今に至るまでのメディアの取り上げ方を見ると、トランプ氏の読みは100%的中したと言っていいでしょう。

コーエン氏は、「トランプのこのセリフをもう一度、もう一度、またもう一度、繰り返し読み返してみてほしい」と読者に促しています。コーエン氏曰く、この「フリープレス」こそがトランプ旋風を起こした源であり、大統領選での勝利に導いた要因と見ています。トランプ氏を叩きつつその話題性にあやかってツイッターの炎上発言をトップで取り上げる、そうすると視聴率や販売部数が上がる。トランプ氏としてもそこらにネタをバラまけばいいだけなので省エネで収まります。早くからメディア出演経験が豊富だったことでメディアの報じ方を熟知していたのか、このあたりの嗅覚は並外れてますね。

こういったノリで、自分が手を下さずとも、持ち上げてくれる波にうまいこと乗っかった結果が今のトランプ現象と言えるかもしれません。ちなみに、コーエン氏によると、トランプ大統領の誕生は本人や周囲もある程度真剣に望んではいたものの、選挙終盤では負ける気満々で、当選が決まったときは「え、まじで」というだったようです。今に至る結果がどこまで本人が望んだものか、そこは本人のみ知るところでしょう。

トランプはドケチ。これが案外致命的

フロリダのリゾートで暮らし自分のゴルフ場でゴルフに明け暮れ自家用機で米各地を移動・・・などいかにも羽振りの良いイメージがあるトランプ氏ですが、コーエン氏に言わせると、世間の印象とは裏腹にトランプは「究極のドケチ」だそう。経費をやりくりして20年近く税金を払っていなかったのは有名な話ですが、もうちょっとわかりやすい例として、こんなエピソードが著書で紹介されています。

トランプ氏がまだ大統領になる前のことです。トランプ・オーガニゼーションの所有物件であるフロリダのゴルフリゾートホテル「ドラル」の壁を塗るのに最もグレードの低い最安のペンキを使ったところ、案の定すぐに剥げてしまったのでコーエン氏が業者に尋ねると、トランプ氏から最も安いペンキを使えと指示があったとのこと。業者が「これは学芸会で使うようなクオリティーのペンキですよ」と忠告するのもトランプ氏は一向に聞かず、あくまでケチったそうです。業者にタダで修復するよう依頼しても、業者は依頼どおりにやっただけなので当然承服しません。埒が明かないので今度はターゲットをペンキメーカーにシフトし、「そんなクオリティーの低いペンキを売り物にするな」と訴訟も辞さない構えで脅しにかかります。(ちなみに矢面に立っているのはずっとコーエン氏)ペンキメーカーは「クオリティーについてはちゃんと説明しているし誇張もない」と主張しますが、トランプ側は「お前らのペンキは最悪だと流布する」と無茶苦茶な言い分ながらもあくまで引かず。結局泣く子に勝てぬ状態でペンキメーカー側から向こう1ガロン分のペンキを無料提供することでなんとか一件落着したのでした。

高級リゾート施設の設備にまさかのケチりっぷりですが、先述の選挙費用をケチったあたりもまさにこの流れ。他にもトランプ氏は至る所でがめつさを発揮していたようです。

ここまでは、当事者にとっては深刻とはいえ若干笑えるエピソードですが、このどケチぶりがやがてコーエン氏の身にもふりかかることになります。その火種になったのは、のちにトランプ氏が大統領経験者として初めて起訴されることになる、ニューヨーク州の“口止め料支払い”事件。大統領選の真っ最中、トランプ氏が過去に関係を持ったポルノ女優ストーミー・ダニエルズさんに口止め料として13万ドルを払った問題ですが、トランプ・オーガニゼーションではこの13万ドルを誰が払うかでひと悶着あったようです。

余談ですが、この口止め料問題も単純にトランプ側が「選挙に影響するから言わないで」と求めたというより、むしろトランプ氏自身は「ポルノ女優と寝るなんて俺のタフガイぶりがアピールできていいじゃないか」くらいに思っていたそう。ストーミー側も何やら不可解な要求に出ているしと一筋縄にはいかない事件なので、この辺は別の機会に詳しく書きたいと思います。

さて、口止め料の13万ドル、コーエン氏はストーミーに対して「巨大企業のCEOにたった13万ドルとは、そもそもお金目的ではないのか、さもなくばただのバカか。。。」と思ったそうですが、とにかく誰が払うかが問題になります。上述のケチぶりから、トランプ氏はビタ一文出す気はなし。お金のことなので長年会社の会計業務を務めるアレン・ワイゼルバーグCFOがやりくりするかと思いきや、彼も逃げ腰。結局ここでもコーエン氏に白羽の矢が立ちます。もちろん払い戻しはするという条件で、コーエン氏は自分の資産から13万ドルをダニエルズさんに支払います。

この時点で「また俺か」みたいな感情になっていた様子が読み取れるのですが、問題はそのあと。その年のボーナスは「あれだけの働きをしたのだから上がるだろうし、払い戻し分も振り込まれる。50万ドルは固いかな」とルンルン気分だったコーエン氏ですが、蓋をあけてみると、その額はなんと一桁違いの5万ドル。会社の業績不振で従業員のボーナスは一律カットという事情はあるにしても、納得がいかないコーエン氏は、トランプ氏への不信感を爆発させます。さすがにトランプ氏もなだめに入り、ワイゼルバーグCFO経由で口止め料払い戻し分を含めコーエン氏の受取金額を修正するのですが、このときコーエン氏は自分が払った経費を数十万ドル上乗せして申告。「トランプはきっと俺を欺く、だから俺もトランプを欺く」と、もはや信頼関係ゼロな心境です。

それから1年余りでコーエン氏はFBIから家宅捜索に入られ、それを聞いたトランプ氏の態度からは“トカゲの尻尾切り”をしそうな感じがうかがえ、ますます落胆が広がり、結局罪を認めて捜査に協力することになります。離反を決定的にしたのはFBIの捜査ですが、“ボーナスケチられた問題”はコーエン氏の見方を一変させるほど衝撃的だったようです。「彼にケツを捧ぐ気持ちで働いてクソ選挙キャンペーンにも尽くしたのに」と文章からも怒りが伝わってきます。

教訓: 大事なものはケチってはいけません。

<おまけ>コーエン氏が認めるトランプのまともなスキルとは?

著書はすでに袂を分かち有罪にさせられた後に書かれたものなので、コーエン氏は基本、ずる賢さを皮肉として褒める部分も含めてトランプ氏をディスってます。ただ、唯一とも言えるまともなスキルにもちょこっとだけ言及してます。

不動産に関しては、彼の父親はしっかり教え込んだ」とのこと。

もともと不動産会社の社長なんだから当たり前なのですが、とりあえず本業に関する知識と経験はしっかりしていたようです。トランプ・タージマハールのような撃沈プロジェクトもありますが、大企業経営者なら珍しくないレベルの失敗でしょう。

やっぱり向き不向きで言うと、トランプ氏に大統領職は向いてないと言うのが正しいのでしょうね。

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