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書籍レビューvol.2 「People vs. Donald Trump」by マーク・ポメランツ(元検事)

今回の書籍レビューは、ドナルド・トランプ前大統領に対する州レベルの捜査と、結局訴追に至らなかった経緯を検察内部の視点から述べた「People vs. Donald Trump」です。

amazon.comのページより

もちろんノンフィクションです。2023年7月現在日本語版はないので、興味ある方は英語版もしくはAI翻訳と格闘しながら読み進めてみてください。

あらすじ

著者のマーク・ポメランツ氏は連邦検事や地区検事を歴任し、法律事務所のパートナーとして政治家を含む著名人の弁護も多く担当した法律のスペシャリスト。引退し悠々自適に暮らしていた2020年の暮れ、昔の仕事仲間の要望で、ニューヨーク州マンハッタン地区検察のドナルド・トランプ犯罪捜査チームに加わります。

紆余曲折の末なんとか裁判で勝てる公算が強まりますが、いざ起訴に踏み切ろうというところで検察トップから起訴見送りの判断を下されます。そうして1年以上に及んだ捜査も虚しく、ポメランツ氏は無念の思いを抱えて検察チームを辞任したのでした。

著書は捜査開始から起訴見送りのどんでん返しをくらうまでを検察官側の視点からで詳細に述べたものですが、罪状を決める基準などのロジックが素人にも分かりやすく説明されてると思いました。

そして、検察内部の軋轢なんかもここまで書いちゃっていいの?というほど率直につづられているので、暴露本としてのクオリティーも十分です。

読みポイント

  1. 強引なこじつけも厭わない検察官

  2. アルビン・ブラッグ検事長が謎すぎる

  3. タイトルの「people」の意味

強引なこじつけも厭わない検察官

そもそも検察の仕事自体がそういうもの、と言われればそうなのですが、ポメランツ氏はトランプ氏起訴のためにかなり強引な理論を編み出してます。

捜査初期、ポメランツ氏ら検察チームが切り口としたのが、トランプ氏と不倫したというポルノ女優、ストーミー・ダニエルズさんに対する、口止め料支払いにまつわる不正行為。(後に米大統領経験者初の起訴につながるあの事件です)
口止め料とは、大統領選出馬前のトランプ氏が自分との関係を口外しないようにダニエルズさんを買収したもの。当時トランプ氏のフィクサーとも言われたマイケル・コーエン弁護士を介してダニエルズさんに13万ドルが支払われています。

捜査ではまず罪に問うにあたり、直接支払ったのはコーエン氏でトランプ氏ではない、そして口止め料を払うこと自体は違法ではない、という壁にぶち当たるのですが、検察は次のようにトランプ氏自身の不正行為として落とし込みました。

まず、直接払ったのはコーエン氏でも、トランプ・オーガニゼーションから後にコーエン氏へ払い戻しの記録があって、そこにはトランプ氏の署名もあります。そして口止め料支払いは違法じゃないという点は、払い戻し金が「事業関連費」として処理されていたことに注目。本当は全然事業と関係ないのでこれは事業記録の改ざんであり、犯罪行為として立証できます。

ただネックなのが、事業記録の改ざんは軽罪でしかないこと。検察としては、重罪として起訴しなければちょっとした罰金程度で終わりなので、あまり意味がありません。

そこで目をつけたのが、改ざん単体では軽罪だけれども、別の犯罪を隠すために行った改ざんは重罪とみなされるという点。その別の犯罪を何で行くか、ポメランツ氏が編み出したロジックはこうです。

トランプが大統領選に出るので過去の不倫がバレるとまずい
→ストーミーは不倫関係を暴露する可能性があったが、これはストーミーがトランプにゆすりという犯罪を仕掛けていることになる
トランプはコーエン経由でストーミーに口止め料を払い、ストーミーのゆすり(犯罪)を阻止
→コーエンの立て替え分を払い戻す際、“事業費”と偽って処理(犯罪を隠すための犯罪)
別の犯罪を隠すため、という点はクリアしたので重罪でいける

つまり、犯罪行為をした発端は本来被害者のストーミー・ダニエルズさんで、それをトランプ氏が事業記録を改ざんして隠蔽した、というロジック。
そもそも論で被害者と加害者の関係性おかしくなっちゃってるじゃん、、、と素人目には見えるのですが、検察チームでは「目からウロコ!!」と称賛されたようです。

最終的に、これで起訴するのはちょっとね、となってこの件は一旦お蔵入りするのですが、法律のプロがいかにこじつけ上等で理論を組み立てるかが分かる(disってるわけじゃないですよ)エピソードでした。

アルビン・ブラッグ検事長が謎すぎる

ポメランツ氏のチームが捜査を開始したのは2021年1月。その頃のマンハッタン地区検察の検事長として捜査を監督していたのは長年同職に就いていたサイ・バンス氏でした。バンス氏はトランプ氏の刑事訴追に乗り気だったのですが、一身上の都合で2021年末をもって退職。翌年からは後任に選ばれたアルビン・ブラッグ氏が責任者を引き継ぎますが、そこから途端に起訴に向けた動きが進まなくなります。

ポメランツ氏らが何度「真剣に検討してほしい」とプッシュしても、ブラッグ氏はどこか心ここに在らずといった様子。会議に滅多に出席せず、出席しても遅刻はするわ、会議中に携帯はいじるわ、しまいには途中で退席するありさまだったそうです。そもそも当選した2021年11月、もっと言うと事実上当確と言われた同年6月の時点で資料を予習しておくことはできたはずなのに、それもせず。端から関心を向けていませんでした。

最後にこれでダメならもう辞める、との覚悟でポメランツ氏が起訴すべきとの根拠と気持ちを注ぎ込んだ手紙を送ったのですが、ブラッグ氏は「今は」起訴しない、という、否定なんだけど完全なNOとも言えない釈然としない答えを返すだけ。結局ポメランツ氏は捜査チームを辞任します。

著書ではここまでですが、この約1年後、ブラッグ氏率いるマンハッタン地区検察は結局「事業記録の改ざん」の罪でトランプ氏を起訴します。

実はこれ、ポメランツ氏らが捜査初期から目を付け、重罪として問うに十分な理論立ても済んでいたもの。

手柄の横取り・・・?と思われても不思議じゃない状況です。

一方で、ポメランツ氏らはこれに加え(と言うかむしろこちらがメイン)税金の(桁違いの)過少申告などを含むトランプ・オーガニゼーションの長きに渡る財務虚偽申告に関しても起訴準備を固めていましたが、ブラッグ検事長はこれには触れず、あくまでストーミー・ダニエルズさんの口止め料絡みの罪状での起訴にとどめました。

この財務虚偽申告、具体的には自社不動産の価値を実際より高く見積もってて出資を募りやすくしたり、逆に価値を低く見積もって減税(or 脱税…?)に利用したり、同じく税金対策で経費を水増しする、、などなど。実はどの会社も少なからずやっていることで、それも検察は分かっているのですが、「程度問題でしょ」というところ。長年に渡れば「塵も積もれば」で、その数字も許容できる範囲ではない、というのがポメランツ氏の見解です。

例えばトランプタワーの面積は、トランプ氏は3万sqft.と謳っているのですが、実際は1万sqft.そこそこ、とのこと。トランプ・オーガニゼーションが申告した数字と実際の数字との乖離が、ポメランツ氏に言わせれば「ridiculous」なレベルだったそうです。

本来従業員のボーナスとして支払われるものを、家賃や子供の学費や旅行など金銭以外の“ご褒美”にすることで税金逃れをしていたことも分かり、これについては検察がトランプ・オーガニゼーションの財務トップ、アレン・ワイゼルバーグCFOを起訴しています。

口止め料絡みの事業記録改ざん、財務虚偽申告の2本柱でポメランツ氏らはほぼ準備を整えていたのですが、ブラッグ検事長の答えはNOでした。

ブラッグ氏がなぜ当時起訴に踏み込まなかったのか。

なにぶん、本人は一旦起訴を見送った(そのあとやっぱり起訴した)ことに言及していないので真相は藪の中です。が、ポメランツ氏は著書でさまざまな可能性に思いをめぐらせています。

トランプ氏を重罪で有罪にするには確固たる証拠が欠けていた、とか。
裁判ではマイケル・コーエン氏の証言に頼らなければならないけど、有罪になり刑務所あがりのコーエン氏を検察側の証人にするのは気が引けた、とか。
ポメランツ氏ら最初から捜査に関わっていた人員は捜査に入れ込みすぎていると感じ冷静になる必要があると思った、とか。
就任直後で他の仕事が忙しくて、そこまで手が回らなかった、とか。

また、トランプ氏をめぐっては他に全米でいくつもの捜査が同時進行(機密文書持ち出し、米議会襲撃事件への関与、選挙不正主張に伴うジョージア州の州務長官の脅迫など)しているので、それらと足並みを揃えて、近い時期に花火のように次から次へと起訴案件を打ち上げ、トランプ氏に効果的にダメージを与えようとした可能性もあります。

ちなみに、2023年3月に実際に「事業記録の改ざん」でトランプ氏を起訴したとき、先述の「ストーミーは被害者だけどゆすりの加害者」という重罪にするためのロジックは使われませんでした。代わりに起訴直後の会見では、トランプ氏がメディア企業と組んで金銭で噂のもみ消しをはかった「選挙資金法違反」という点に触れていました。もしかしたら、ポメランツ氏らのこじつけ上等のロジックがブラッグ氏は気に食わなくて、その部分を修正してから起訴したかったのかもしれませんね。

ただ、ブラッグ氏の主張する選挙資金法違反はもっともらしく見えて、実は「事業記録改ざんと無関係のまやかし」という指摘もあります。

裁判では、罪状は変えられないけどそれを裏付ける理論は必ずしも起訴した当時の理屈に沿う必要はありません。同件の裁判は2024年3月と気の長い話ですが、そこでこじつけ上等の理論(ポメランツ氏)が使われるのか、まやかしの理論(ブラッグ氏)が使われるのか、ちょっと見ものです。

タイトルの「people」の意味

若干形を変えてではあっても、一応日の目を見た「事業記録改ざん」の罪。
一方で「財務の虚偽申告」に関しては、未だ埋もれたままです(同件を独自捜査していたニューヨーク州司法省が民事訴訟であげていますが)。こちらは、刑事事件としては立証するのが難しいという声がブラッグ氏ばかりでなく各方面から聞かれていたようです。

分かりやすい理由のひとつが、明確な被害者がいない、というもの。トランプ氏が脱税したとして、それによって税金が枯渇し社会保障費が削られたりという間接的な迷惑を被る可能性はありますが、特定の誰かに直接被害が及ぶものではありません。

しかしそれでもポメランツ氏は、これは刑事案件で、トランプ氏は長年の不正行為の代償を今払うべき、と固く信じていました。

その背景として印象深かったのが、トランプ・オーガニゼーションの顧問会計士にポメランツ氏が事情聴取を行ったときのこと。会計士には粉飾の数々を一切知らされていなかったらしく、ポメランツ氏が証拠を提示すると、会計士は見るからにショックを受けていたそうです。例えば、ワイゼルバーグCFOの報酬代わりに家賃支払いを会社が行っていた件など、知らされていたらきちんと申告し税金を支払うようアドバイスしていた、とその会計士は証言。自分は長年トランプ・オーガニゼーションに利用されていたのだと気付き、そんなことも見抜けなかった自分が悔しいと涙ながらに語りました。もう大企業の顧問会計士から身を引きたいとも。

ある意味、人生を狂わされたわけです。

ポメランツ氏は著書の中で、直接的な被害者はいなくても、この会計士のようにトランプ氏の不正申告によって人生を狂わされた人が数え切れないほどいるはず、と主張しています。トランプ氏が“盛って”申告した不動産価値を信じて出資を決め、後々その物件がロクな商売道具にならずに大損してしまった投資家なんかもそうです。これを長年、各業界にアピールしながらやってきたわけで、間接的な被害者は膨大な数にのぼるはずです。

タイトルの「People vs Donald Trump」のpeopleは、この膨大な数の間接的被害者です。

もしかしたらアメリカに住んでいたらほとんどの人が当てはまるかもしれませんね。





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