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ステルラハイツ6417

 なんでこんなことになったんだろう。
 
 たまこは隣で口を開けて眠る星雄の顔を見ながら、記憶の糸をたどる。

 おぼろげではない、はっきりとつながった記憶の中で、たまこは、自分の上にまたがった、星雄の口から出た言葉を反芻する。



「こんなつもりじゃなかったのに」


 ああー、とうなって星雄は頭を抱えた。

 二人とも酔っていたとはいえ、事を成し終えた直後にそんなことを言うなんて、どこまでひどく身勝手な男なんだ、とたまこは無言で呆れる。ただ、怒る気などはなく、淡々と、どこかで清々しささえ感じていた。

 たまこは酔ってはいたけど酔っ払ってはいなかった。すべてはそのつもりで、自分がしたいようにした。酔った若い男と、どうすればどうなるか、たまこは自分の知っている手を尽くした。


 星雄は陶酔しながら、身体の刺激に応えるように動き、熱い息を吐きながら、思いのほか優しい手つきでたまこに触れた。

 いつもの流暢に話す口ぶりとは裏腹に、不器用な指先が、丁寧に確かめるように、身体に触れる。

 そこここと、いちいちたまこが口にしなくても、星雄の指先は、たまこの感覚が今どこに集中しているのか、どこをどうして欲しいのか、瞬時に察しているかのように動く。

 たまこの部分は、その指先の動きに吸い付いつくように、持ち上がり、熱くなる。

 指先は、それを愛しむように、長い円周軌道を描き出す。

 丸くまるく、描かれるうちに、高まった興奮が、部分から全身へと拡がる。からだのすみずみにまで、波が静かに寄せては、返す。


 そうしてたまこは何度も昇りつめた。しまいには、何の回転運動さえ加えない、指先が髪に触れただけで、あっと吐息が漏れてしまうほどに。

 そうして、もう滴りそうにあふれて、蕩けてしまう、たまこの中心に、ずぶずぶずぶずぶ、と星雄が入っていく。

 あまりにも静かに、ゆっくり確実に入ってゆくので、たまこの襞たちは歓びにさざめき、いっせいに金色の光を放った。

 奥まで辿り着くと、星雄はそのまま動きを止めた。

 二人はそのまましばらく動かずに抱き合っていた。ただつながった、あそこと、あそこだけが、いのちを持つ生き物のように、交わり合っていた。

 熱くそびえ立つものはビンビンと電気を発して、歓びにさざめく無数の襞がそれを吸収し、放射して、つながった中心からあらゆる方向へ、ビビビビビ、とよろこびが空気を揺らして伝わっていく。

 あああ。かすかに吐息のまじった音が、たまこの口から漏れる。

 まもなく星雄がじっくりと動き出す。

 たまこはもはや白眼になって、自分の内側から愛が、泉のように溢れ出すのをただただ感じていた。

 トプトプトプトプトプ。

 そして星雄はゆっくり、果てまでたどり着き、しばしして、正気に戻る。




 たまこは、火照った体がゆるく痺れるのを味わいながら、目を閉じた。

 お腹の中で青い炎がまだゆらゆらとくすぶっている。それは今までに感じたことのない、穏やかで熱い光を放って、たまこのからだを温める。

 じっと目をつぶって横たわっていると、足の指先からまた小さな波が押し寄せて、たまこは思わず吐息を漏らす。

 愛。誰に教わったわけでもないのに、きっと産まれた時から知っている感情に満たされて、たまこは、どこまでも広くおだやかな海の上に、ぷっかぷっかと浮かんでいるような気持ちになった。

 ひと目見たときから星雄とこうしたかったことを認める。

 そして、さっきの言葉を聞くまでもなく、星雄が今、この愛なんて気持ちと、遥か遠く離れた所在にあることを知っている。



「俺は星雄で、こいつは空。ぴったりのコンビだろ。」

 星おじさんの息子であることを告げ、一人は不承不承ながらも、女たちがそれを認めたことを表情で知ると、星雄は親しげに色々と話し始めた。

 JINちゃんは疑わしげにしながらも、星雄の口から出るいくつものエピソードを聞くうちに、眉間の険しさが緩んでいった。


「俺が生まれてすぐに親たちは別れることになって、俺は空たちのいるアーティストコミューンに移住した。仕方ないよな、オヤジの女癖の悪さは天下一品だったから。さらにそのうちに母親が突然行方をくらまして、オヤジは金の援助はしてくれたけど俺を引き取る気なんてさらさらなかったし、俺はあっという間に可哀相なみなしごさ。しばらくは空の父ちゃんと母ちゃんが育ててくれて、だからこいつとは事実上兄弟のようなもの。」


 星雄は衝撃的な生い立ちをスラスラと述べるが、たまこは、自分の知っているミーコおばさんをそこに当てはめるのに、追いつくことができないでいた。突然行方をくらました、というくだりにだけ、体はピクリと反応した。


「物心ついてからそのことを聞いて、俺も始めは母親のことを恨んだりもしたけど、あの人はその後も何度も俺のところに足を運んでくれたし、そのうちにそんな気もなくなったよ。」


 聞けば星雄は当年19だと言う。見た目以上の若さにたまこは面食らう。

 19年前、それはたまこがイタリアにミーコおばさんを訪ねて行った、少し後のこと。次第にたまこも、ことの成り行きを納得していく。

 しかし、どこかに腑に落ちない、認められない、という気持ちがあった。

 ミーコおばさんは、たまことここに住み始めてからも、イタリアに息子を残してきた、なんておくびにも出さなかったというのに、その間にも星雄の元を訪ねていると言う。


「百歩譲ってそれはわかったけど、じゃあなんで今夜、ここに忍び込んできたわけ?」

 星雄の話しぶりに始めの勢いを削がれたJINちゃんが、思い出したように切り出す。

 星雄は鼻から息を吐いて苦笑しながら、やれやれと言うように手を広げる。その仕草を見てたまこはまた、星おじさんを思い出す。

「忍び込むつもりなんてなかったよ。ただドアは開いてたし、中は真っ暗だし、成り行きそうなっただけで。」

 フーン、とJINちゃんは怪しげな眼差しを星雄に向けるが、もうその目に咎める気はない。

 星雄は、話し方ひとつで相手の気持ちを和らげたり荒げたりするコツを知っている。

 たまこはそのことに気付いているが、星雄の話を遮らない。

 そして、クルクルと表情を変える星雄とは対照的に、ずっと穏やかに黙ったまま傍にいる、背の高い空の存在感が、その場の違和感を、静かに消して行く。

「オヤジが亡くなったんだ。そのことを伝えに来た。」

 そう言って星雄は、持ってきた赤ワインのボトルをテーブルに置いた。

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