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【森岡 周先生:インタビュー第3回】患者さんのためにセラピストがすべきこと

情報が氾濫する時代に自己研鑽を積む極意について,リハビリテーション分野のエキスパートにお話を伺う本企画。1人目は,ニューロリハビリテーションの第一人者,畿央大学大学院 主任・教授の森岡 周先生に全4回にわたってお話を伺います。
第3回では,患者さんにより適切なリハビリテーションを提供するために,セラピストが重要視すべきことを熱く語っていただきました。

学会に携わる者,臨床現場に携わる者,それぞれのセラピストに役割がある

——学会の役割や今後の方針,参加することの意義について教えてください。

森岡:
僕ら理学療法士は,日本理学療法士協会に所属して学術活動をしていましたが,各学会が法人化されて独立し,学術活動を行うようになりました。
そのような状況で,今後学会がすべきことは,既存の知識を学ぶ場を提供することではなく,新しい知識を体系化して新たな道標を作っていくことです。
学会に参加することは,自己学習の機会を得るためではなく,将来的に何かを成し遂げていくためのビジョンを共有し,ロードマップを描く一員としてかかわるためだということを意識してほしいですね。
患者さんを評価するにはこの方法がいいですよ,というような新たなツールを生み出すために提案していく集団の一員となるので,責任をもって参加してほしいという思いがあります。
このように,新しい道標(ルール)を作るために学会に参加するという考え方は,セラピストの選択肢を大きく2つに分けたうちの1つだと思います。

——もう1つの選択肢はどのような考え方なのでしょうか。

森岡:
学会で作られた道標(ルール)を遵守して臨床現場で患者さんに携わるという考え方です。
僕は臨床での指針を学会が決めてくれて,その指針に従えば直接学会にかかわらなくても臨床で困ることがないという状況が理想だと思っています。
実際に,看護師や医師の方も全員が学会で活動しているわけではなく,臨床に専念して患者さんに向き合っている方が大勢いると思います。
セラピストも同様で,臨床現場に専念することで重要な役割を果たしている方がいます。
一方で臨床のセラピストは,本当にこの理学療法を目の前の患者さんにやってよいのか悪いのか,教科書にも載っていない状況に毎日遭遇しているので,わからない,どうしたらいいですかって助けを求めたいわけです。
ただ,わからないからその現象を見なかったことにすると,セラピストが何も考えずに介入して,患者さんはそれに従ってただ動かされているだけになってしまう状況もありうると思います。
このときに誰が一番迷惑を被るかというと,患者さんですよね。
その状況を解決するために,学会で作られたガイドラインや評価指標がルールとなって遵守されれば,患者さんに標準的なリハビリテーションを提供できますし,やるべきことが明確になるのでセラピストの日々の不安も解消できると考えています。
だからこそ,自分たちは学会に参加しないと自分の意志で決めたのであれば,ルールは守るようにしてほしいです。
学会に参加する側と臨床で実践する側でセラピストが役割分担できればよいと思っています。
ただ,セラピストの世界にはこのルールが遵守されていないという問題点があります。

独自性は付加価値であり,遵守すべきルールがあることを理解する

——ある病院では〇〇法,別の病院では□□法といった独自の文化があるという話も耳にしますが,そのような現状に課題があるということでしょうか。

森岡:
病院は診療報酬が定められている世界なので,どの病院でも患者さんが同様のリハビリテーションを受けられるようにすべきだと思っています。
保険適用外の自費のリハビリテーションについては患者さんが希望し,独自の方法でも治療効果が出るのであれば実施していいと思います。
病院においても,保険適用外の期間に独自の治療を受けられることは特徴になりうると思います。
旅行に例えるとオプショナルツアーで,グアムに行ったときに,このスポットを見たい,バナナボートに乗りたい,ホテルでゆっくりしたいという希望があれば,同じ行き先でも違うことをするのは個人の自由です。
ただ,飛行機で行くことが決まっているツアーで,船に変更すると言い出すと話が変わってきます。
チェーンの飲食店も一緒で,レシピを守っていれば日本全国同じ味になるはずですが,スパイスを入れると味に狂いが生じてきます。
現状のセラピストの世界では,ルールが必ずしも守られず秩序が保たれていないので治療効果にもばらつきが生じています。
結局,独自のスパイスを加えてさまざまな方法でリハビリテーションを行っているので,患者さんによってよくなった,よくならなかったと言うわけです。
患者さんがまず求めているのは,標準的かつ一定の水準が担保されたリハビリテーションだと思います。
ルールとなるガイドラインを守ったうえで,患者さんの希望に合わせて意思決定していけばよいと思います。
あなたの病態の場合,まだガイドラインはないですが,現状のエビデンスとしてはこんな論文があって,学会ではこんな報告があるので,この治療を追加してみましょうか,ということを患者さんに検討してもらうための情報提供を行うというイメージです。

一人称・二人称・三人称の情報を活用する

——新人・若手のセラピストが臨床力を磨くために意識すべきことはありますか。

森岡:
さまざまなメディア・媒体から情報収集をすることも大事ですが,僕は目の前の現象から得られる情報が一番大事だと思っています。
養老孟司さんと茂木健一郎さんが2人で『スルメを見てイカがわかるか!』(角川書店)という新書を刊行されていたのをみて,面白い例えだなと思ったんです。
これは,死んで加工され静止したスルメが目の前にあるとして,生きてもともと動いていたイカのことがわかるのかという問いです。
僕はこの問いから,そもそも目の前の情報を得ようとしないと,そこから過去の情報を得られるわけがないと考えました。
臨床場面を想像してみると,目の前の患者さんからは,自分のことをどう思っているのか,どういう目線が来るのか,どのようなしぐさをしているのか,という本質的な情報が提供されています。
僕はそこに優先すべき一番大事な情報があると思っているので,目の前の他者に興味をもって接する必要があると考えています。
一方で,人間同士が接する際には,自分の心臓がちょっとドキドキしたり,胃がキリキリしたり,緊張感があったりしますよね。
このような感覚を内受容感覚と言いますが,それによって情報が歪められます。
自分にとってすごくストレスだと感じれば,自分の脳が違うように解釈するので,相手が自分に対してネガティブな感情をもってないにもかかわらず相手の表情をネガティブにとらえることがあるんです。
このように,自己バイアスによって自分が拡大解釈しているだけの場合も多いです。
そのときになぜそのように自分が思ったのか,自分はどのような感情で患者さんの行動を解釈したのか,自分にも興味をもたないといけません。
ただ,今の若い人たちは自分の心身に対する意識が乏しくて,自分自身が感じることよりも有名な先生が言っていることのほうが真実だと思うんですよね。
有名な先生が書籍に書いたり,セミナーで話していたというような三人称であるスルメ化した情報こそが大事で,その背景にある自分と他者との関係から生じる一人称・二人称の泳いでいるイカの情報は大事ではないと思っているんです。
生きるということの本質は一人称・二人称の情報にあるはずで,われわれ人類はかつて書籍がない環境で生きてきたわけです。
そこから人類が文明を築いてきたということは,洪水が起こったときにどう対処するかといったように,目の前の現象に向き合ってきた証ですよ。

——若手のセラピストは三人称の情報を重要視しているというご指摘もありましたが,どのような弊害があるのでしょうか。

森岡:
一人称ではなく三人称の視点の場合は「私の意見はこうだ」と能動的・主体的に主張するのではなく,私に向かって「誰かがこの意見を言っていた」と受動的に主張する状態です。
セラピストが三人称の情報だけを繋いで正解を求めようとしても,一人称・二人称の情報を適切に扱えなければ,三人称の情報は活用できないですよね。
セラピストはまず患者さんとコミュニケーションを主体的に取って,一人称と二人称の情報から関係性を築く必要があります。
いくら三人称の情報から適切な治療法を理解していても,患者さんが動いてくれなければリハビリテーションができないわけですから。
だからこそ,若い人たちには目の前で生じている現在進行形の現象に対して,自分がどう感じ,どう考えるのか,自分の身体感覚から得られる一人称の情報を最も優先して大事にしてほしいです。

——勉強においても一人称の情報が大事になるのでしょうか。

森岡:
一人称と二人称の情報(自分と患者さんとの関係から得られる情報)をまず紐解いて情報化し,そして三人称の情報(書籍や論文,セミナーから得られる情報)と照らし合わせていくことが必要だと思っています。
自分がどう感じたかという一人称の情報にはバイアスがかかることもあるので,正否を確かめるために,書籍などの三人称の情報との不一致がないか調べる必要があります。
書籍や論文には,過去に明らかにされた三人称の情報があるので,一人称の情報との不一致によるズレが生じているときに,なぜズレているのか考えたり,調べることで,正しい知見を勉強することができます。
また,セミナーなどの自分以外の人の意見から得られる三人称の情報については,本当にこの人が意見は正しいのか,自分の目によって一人称で確認しないといけません。
このようなプロセスで情報は繋がっていくので,三人称の情報だけを繋げても自分の技術を磨くための情報にはならないと考えています。

第3回では,患者さんのためにセラピストが心掛けるべきことを伺いました。第4回では,先生のキャリアに基づく若手セラピストに向けたメッセージをお届けします。

(第4回につづく)


【森岡 周先生プロフィール】
〈略歴〉

1971年3月20日,高知県高知市生まれ。1992年高知医療学院理学療法学科卒業,同年近森リハビリテーション病院に入職。以後,理学療法士として臨床現場に携わる。2004年高知医科大学大学院医学系研究科博士課程を修了し,博士(医学)を取得。同年畿央大学健康科学部に専任講師として着任。2005年同助教授,2007年同主任・教授,2013年同ニューロリハビリテーション研究センターセンター長を歴任し,現在に至る。専門分野はニューロリハビリテーションで,神経科学の知見に基づいて脳卒中・疼痛リハビリテーション,身体意識,運動制御・運動学習などをテーマに研究し,トップランナーとして活躍。
〈経歴〉
1992年 高知医療学院理学療法学科卒業
1992年 近森リハビリテーション病院理学療法士
1995年 高知医療学院専任講師
1997年 佛教大学社会学部卒業
1997年 Centre Hospitalier Sainte‐Anne(Paris, France)留学
2001年 高知大学大学院教育学研究科修士課程修了 修士(教育学)
2004年 高知医科大学大学院医学系研究科博士課程修了 博士(医学)
2004年 畿央大学健康科学部専任講師
2005年 畿央大学健康科学部助教授
2007年 畿央大学大学院健康科学研究科 主任・教授 現在に至る
2013年 同ニューロリハビリテーション研究センター長 現在に至る
2014年 首都大学東京(現・東京都立大学)客員教授 現在に至る
〈主な著書〉
リハビリテーションのための脳・神経科学入門 第2版(協同医書出版社)
リハビリテーションのための認知神経科学入門(協同医書出版社)
リハビリテーションのための神経生物学入門(協同医書出版社)
脳を学ぶ -「ひと」とその社会がわかる生物学 -(協同医書出版社)
発達を学ぶ -人間発達学レクチャー(協同医書出版社)
コミュニケーションを学ぶ(協同医書出版社)
身体運動学 -知覚・認知からのメッセージ-(三輪書店)
ペインリハビリテーション(三輪書店)
イメージの科学 -リハビリテーションへの応用に向けて-(三輪書店)
標準理学療法学 神経理学療法学 第3版(医学書院)
身体性システム科学とリハビリテーション 2 身体認知(東京大学出版社)
高次脳機能の神経科学とリハビリテーション(協同医書出版社)
脳とこころから考えるペインリハビリテーション(杏林書院)


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