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『カンゲキするほどわかる頭頸部間隙の画像診断』

右も左もわからない程度ならまだ可愛げがある。当職は東西南北中央不明,アリアドネの糸と間違えて鶏卵素麺を携えて迷宮に潜ってしまったテーセウスのごとく迷走していた。まだ『カンゲキするほどわかる頭頸部間隙の画像診断』の企画を練り始めてもいないころの話だ。

ところで開始早々まったくの余談になるがこの本ができあがるまでに「ヒデキ,カンゲキ!」みたいなことを耳にタコの養殖場(2021年にカナリア諸島に世界初のものが完成)ができるくらい聞かされたので,書籍の編集をする機会があったらタイトルは本当に慎重に決めたほうがいい。
もちろん本書のタイトルはサイコーにキマっているが。

1 出会い,そして混迷

頭頸部の画像診断が難しい,という話はなんとなくこぼれ聞いていた。千葉生まれ整形外科デスク育ちの当職は「頭頸部には間隙がある」ということを聞かされたとき「関節包みたいなもんかな」と思った。
頭頸部にだって骨もあれば筋肉もある。それならば関節包だってあるだろう。そしていざ勉強し始めて実際に出会った頭頸部間隙がこれ。

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なにこの入り組み具合。五胡十六国時代の中国かな?
頸動脈間隙のあたりはまだわかる。間隙に囲まれたなかに血管などの構造物がある。膝関節の後外側複合体もこんな感じといえばこんな感じだった。まだなんとなくイメージがつく。

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これなんか完全に地層じゃん。近所の貝塚で見たことあるわ。
間隙は「あいだ」「スキマ」という文字が連なってできている言葉だ。weblioにも「物と物との,あいだ。空間的・時間的すきま。」とある。でもここなにもないじゃん。証拠隠滅に成功した完全犯罪の現場か?

いや,早合点はいけない。
なにもない,などと早々に断言してホームズに注意力不足とたしなめられるワトスンを我々は何度も見てきているではないか。あれ,ドラマ化のたびにホームズの当たりが強くなってきていて,次のシーズンでは1回くらいキレたワトスンに撃たれるんじゃないかと思う。

ともかく,百戦錬磨の画像診断医にかかればこの苺とクリーム部分を失ったミルフィーユのような絵面からもなんらかの構造物を読み取れるのだろう。

「わずかな疎性結合織があるのみで,通常は間隙として認識できない」(本文「扁桃周囲間隙」より)

できないの!? 見えないものを見ようとしてるの? BUMP OF 扁桃周囲間隙なの?

2 虎になれ

ダメだ,一層わからなくなった(層構造だけに。うまい)。

そもそも頭頸部間隙は構造がややこしいことに加えて「疾患や炎症がどこから来て(原発),どこへゆくのか(転移・波及)」という使徒ペトロ的難しさが横たわっているとも聞く。頭頸部の本を作るなら解剖だけでなくここにも解明の光を当てなければいけない。

そんなことがT1強調像とT2強調像の違いもわからない当職にできようか。コミックス10巻くらいの巻頭でこれまでの登場人物の所属と関係をわかりやすく図示してくれるような,一発で「頭頸部の間隙はこことここがつながってます」が理解できるそんな都合のいい方法があるだろうか。

かの中島敦は「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまひたい」と遺したそうだが,当職は頭の中にすらその理想を思い描けない。このままでは臆病な自尊心と,尊大な羞恥心とのせいで虎になってしまいそうだ。

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わ,我が友,李徴子!

忘れもしない,ミッドウィンターセミナーでご講演されていた齋藤尚子先生のスライドの1枚だった。
こんなわかりやすいことある? 頭頸部間隙の関係性をひと目で示してくれている。この分野をまったく知らない人にもサイゼリヤの間違い探しの対極に位置するわかりやすさといえばそのすごさが伝わると思う。
このとき,確実ななにかに触れた気がした。魂がここだよって叫んでいた。BUMPか?

それからの当職といえば野を駆ける虎のごとし,当時ご面識のなかった齋藤先生に手紙を送り電話をかけアポをいただき,勇んで出かけていくとお会いするなりまくし立てた。

「つまり頭頸部の疾患はエレベーターアクションなんですね」

画像5著作権にとても配慮したエレベーターアクションの図

完全に行動力のある狂人のそれだ。一番相手しちゃいけないやつじゃん。追い返さなかった齋藤先生の心の広さは五十里四方に響き渡る。

当職としては「(エレベーターアクションの上下移動のように)疾患が間隙から間隙に移るのにはルートがあり,その約束事を破って違う層にすっ飛んでいったりはしない」ということを伝えたかったし,齋藤先生も汲んでくださったろう。
どうかな。刺激しないほうがいいと判断された可能性もある。

3 同じドアをくぐれたら

医書に限らず専門書全般ではあると思うが,編集者は自分が担当している書籍・雑誌についてその内容を真実理解することはない。専門家が専門家に向けて書いているのだからそれはしかたのないことだろう。
それでも「この本に書かれていることを必要としている人にはきっと伝わる」と信じて仕事をしているのだが,齋藤先生のスライドに当職は「本書に限っていえば絶対に伝わるわ」という確信を得た。当職にもちょっとわかったような気がしたのだから,本職にはそれはもう1月3日に決意したダイエットが1月中に失敗するのと同じくらい確実に伝わるはずだ。

「間違いのないものを作っている」というのは人間の背を強く押す(当職が間違える可能性は依然あったが)。確信と勇気をもって臨めばあの「初見殺しだしなんなら二度三度みても死ぬ」ような頭頸部マップだってちょっとずつ踏破していける。本当の声はいつだって正しい道を照らしているのだ(BUMP OF CHICKEN「アンサー」から引用)
そんな本を手掛けることができたのは僥倖だったといえるだろう。齋藤先生には虎のように伏してお礼申し上げたい。当職、カンゲキ。

流れるような伏線回収を終えたところで話は変わるが,読むのも書くのもの難しいとされる頭頸部のゾーンには画像診断の書籍があまりなかった。
そこへ本書が舞い降りるとなれば,これはもうこの本がいいねと言ったから2021年9月は頭頸部記念月間と標榜しても許されよう。天が下,虎の咆哮が響くがごとくその名は鳴り渡り本書のオンリーロンリーグローリーな輝きが書店や電子書籍の販売サイトを独占し――――――


『頭頸部画像解剖ナビゲーション』(2021年9月刊行)

頭頸部画像解剖ナビゲーション

学研メディカル秀潤社様


『即戦力が身につく頭頸部の画像診断』(2021年9月刊行)

頭頸部の画像診断

メディカル・サイエンス・インターナショナル様


かーなーらーずー ぼくらーはでーあうだろー


いやBUMPか?

(鍵尻尾が御自慢なわけではない担当K)

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めじ






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