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【竹林 崇先生:インタビュー第4回】未来を担うセラピストへのメッセージ

情報が氾濫する時代に自己研鑽を積む極意について,リハビリテーション分野のエキスパートにインタビューする本企画。6人目は,脳卒中リハビリテーションの専門家として,さまざまな媒体を通じてセラピストに有益な情報を発信されている,大阪公立大学大学院 教授の竹林 崇先生にお話を伺いました。
全4回シリーズの最終回では,セラピストとしての心構えや経験を通じて鍛えられる想像力と感受性について伺うとともに,読者に向けたメッセージをいただきました。

新人の頃は「目の前の患者さんをよくしたい」が一番の原動力

——先生が新人の頃,どのようなことが勉強へのモチベーションになっていましたか。

竹林:
将来,教育職に就くためには勉強しないといけないという気持ちもほんの少しありましたが,それよりも基本的には「目の前の患者さんをよくしたい」という想いが強かったですね。
というよりも,臨床で無力だと感じるのが怖かった,それを回避したいという思いが強かったかもしれません。
臨床で患者さんと対峙した際に,どんな病態かもわからない,何をしていいかわからない,手も足もでない状態で時間を一緒に過ごすのは患者さんとセラピスト,両者にとってとても辛い時間ですので。
ただ,勉強のモチベーションの始まりは自分の利己的なものでしたが,できることが増え,結果が伴うようになってから,ありがたいことに患者さんから感謝されることも多くなり,それもモチベーションになっていました。

——患者さんから感謝の気持ちを直接受け取れるのはセラピストならではですよね。

竹林:
セラピストという仕事は,目の前の患者さんに対して一生懸命リハを提供することで,実力もつき,自身にしかできないことも増えてくると,自然と将来の道が切り拓けることもあると思っています。
これは職業として幸せなことだと思います。
ですから,まずは臨床に没頭することから始めてみるといいのかなと思います。
さて,私が勤めていた施設は,大学病院でもあり,臨床と同時に研究を行うことも求められました。
大学の頃,卒業研究程度でしか,研究にかかわっていなかった私としては,最初はとても難しかったです。
ただ,環境に恵まれていたこともあり,私も少しずつ教えていただくなかで,できることが増えてきました。
できることが増えると楽しくなってくるものです。
ただ,僕も研究をすることが楽しくなってきた時期に,学会発表をするため? 論文を書くため? といったように,研究のための研究をやっているのではないか? と自分自身に問いかけることは幾度かありました。
実際,何人かおられる臨床の師匠からは「研究は対象者の方や社会の役に立ってこそ行う意味がある」ということを何度も指導されていました。
そして,患者さんのデータは命と同じで,後に続く同じような状況の人が自分と同様の辛い思いをしないように,という願いの元,研究に参加してくださるのだと思います。
ですから,その想いを無駄にしないためにも,目的(社会貢献)と手段(研究を行うこと)が入れ替わらないように,強く意識する必要があると思います。

——セラピストにとって,勉強する,働く目的が患者さんと自分のどちらに向かうのか,バランスを取ることは難しいのではないかと先生のお言葉から感じました。

竹林:
例えば,利己的に給料を増やしたい,名声を得たい,といったように自分のキャリアばかりが行動の目的となると,おかしなことになってしまうなと個人的には思います。
例えば,教育者になりたいという想いが強くなりすぎると,大学教員になるためには研究業績が多く必要ですから,もしかしたら研究のための研究をたくさんすることがその目的を達成するための近道かもしれません。
ただし,その研究はもしかしたら,誰も困らず,誰も興味をもたず,世の中の役には立たない研究であるかもしれません(まったく役に立たない研究など世の中に存在するとは思いませんが…)。
そうなると,命と同様に大切なデータや時間を提供してくれた患者さんにも不義理を働きますし,不幸になる人を増やしてしまうかもしれませんので。

——新人・若手のセラピストが将来を考える際には気を付けないといけないですね。

竹林:
難しいですが,意識して気を付けるべきかなと思っています。
「利己的な目的」を達成するための「手段」として作業療法やリハのことをとらえてしまうのは危険だなとは思います。
まずは精一杯,求められること,目の前の患者さんのためにできることをやり切って,そのうえでその環境でやれることがなくなったと感じれば,次のステップを考える,のも個人的にはいいかなと思います。
教育者になりたければ,臨床の患者さんや社会の問題を解決するための研究や論文作成に取り組む,福祉用具を開発する企業に勤めたければ,患者さんに役立つ福祉用具を臨床で追究し,その影響を検証する,といった手段を選択することができるのではないかと思います。

見えない部分への想像力を培う

——学生や新人・若手のセラピストがやっておくといいことはありますか。

竹林:
これは卒業前の学生からもよく質問されるのですが,セラピストとは関係のない職種のアルバイトを少しでもいいので経験しなさいと伝えています。
仕事を通じて,その工程を知り,どうすれば効率化できるのかと考えるのは重要ですし,特に作業療法士であれば,人の数だけ「作業」のバリエーションがあることを知る,いい機会になります。
想像することで,多くの事象に想いを馳せることはできますが,やはり体験することはその想像の解像度を抜群に上げてくれると思います。
また,体験とまではいかなくても,自分が居る狭い世界に由来する価値観の外にある事象や考え方などを知ろうとすることも大切だと思います。
セラピストになってからは,他人が普段どのように仕事や生活をしているのか,深く知る機会はなかなか作れないので,学生時代のアルバイトは本当に貴重な経験になります。
また,セラピストになってからは,できればさまざまな病期のリハを経験するといいですね。
同じ患者さんでも,病期が異なると見せていただける顔もその後に抱く希望も大きく異なります。
これも体験する,知ろうとすることが非常に重要だと思います。
私は新人の頃,急性期病院に勤めていたんですが,副業が認められている職場だったので,訪問リハやデイケアで働くセラピストのアルバイトをしていました。
訪問先で,アルバイトに従事しているとき,ご自宅の移動用に付けられた手すりに洗濯物がかけられているのを目にしました。
セラピストの立場からは,患者さんの身体をアセスメントして,どのような意図で設置された手すりなのかを理解できるのですが,患者さんは手すりを本来の用途で使わずに暮らされていました。
理由を伺うと,「そこの手すりは移動には使わない。屋内でも杖をついているからね…」とのことでした。
それは病院のなかで自分が想定していたものとまったく異なる世界だったんですよね。
家に帰ってから,患者さんは患者さんの価値観やルールに従って,行動を起こされます。
そういうものは実際に,見て感じて,そのうえで提案・話し合いができると,より現実的な折衷案が生まれることも多くあるものです。
患者さんが急性期・回復期・維持期と転院・退院していくなかで,セラピストは各病期でしか患者さんに介入する機会がないですが,自分がかかわらない時期にどのような生活をなさっているのかを知ることは非常に重要です。
目の前にいらっしゃる患者さんの見え方がまったく変わることがあります。
もし,現在の職場で,ほかの病期に携わることができる機会があれば,自分のリハにも活きてくるので,ぜひ経験してほしいな,と思います。

患者さんへの感受性は努力で身に付く

——学生や臨床のセラピストに先生が指導,講演などをされる際に違いは意識しますか。

竹林:
学生と臨床で実際に働いているセラピストでは,知識や患者さんの見え方が異なります。
学生には,臨床の前提となる知識や現象,病態そのものについて,授業で教えています。
一方,臨床のセラピストには,現象や病態の解釈,治療方針の考え方を話しています。

——養成校の教育課程ではやはり知識が中心になるのでしょうか。

竹林:
そうですね。実践のところまで行ければいいですが,実践とは知識がある前提で,それらを提供する過程を示します。
実践養成校の3〜4年では知識を教えるので手一杯ですし,臨床実習以外のフィールドも乏しいことが現状です。
ただし,過去よりもこの点も改善はしていると思います。
大学に生活期の患者さんに出向いていただき,実践授業を行ったり,オンラインで患者さんに登壇いただき,面接実践を行うなど,さまざまな取り組みが各教育機関で行われていると思います。

——教育機関での取り組みに加えて,卒後教育も重要になるのではないかと思います。

竹林:
卒後教育についても学習フレームを作るのは本当に大切ですが,現状は自己研鑽という部分に頼っている部分が大きいのではないかなと思います。
また,働き方改革の影響もあり,勤務時間のなかに卒後教育をどのように設計するのかについては,各施設の管理職の方は頭を悩ませているのではないでしょうか。
可能であれば,新人のうちは1名の先輩とon jobで一緒に患者さんに介入して臨床的思考や感受性を学べるのがいいと思います。
初めのうちから,ある患者さんに対する介入について,複数の先輩の考えをいろいろと聞いてしまうと,相反することもあるでしょうし,新人は混乱すると思うので…。
もちろん,多様な意見を聞くことも大事ですから,取捨選択が少しずつ自分でできるようになった頃から,情報の入り口を増やしてもいいかもしれません。

——確かに何もわからない状態で異なる意見を聞くと,迷いが生じますよね。ちなみに感受性というのは学んで身に付けられるのでしょうか。

竹林:
難しい問題だと思いますが,『知ろうとし続ける』ことじゃないでしょうか。
ここで私がいう感受性とは感情や動作,生活全般にかかわる環境に対する着眼点のことで,対象者中心のアプローチを実施するうえで,患者さんのどこを感じ,優先順位をつけながら見ていくべきポイントを見つける能力です。
学生さんでも,患者さんの表情や声色が少し気になりました,と気が付くことができる子もいるので,ある意味,それはセンスと言われるものなのかもしれません。
ただ,無意識にそれができない場合でも,多様な患者さんに触れ,対話を重ね,「このように感じておられるんだ。ここが大変なんだ」といった擦り合わせを重ねることで,過去の経験から推定できるようになっていくこともあると思います。
この能力は臨床における対患者さんだけでなく,チームアプローチや後輩指導などの対セラピストにおける振る舞いのなかでも活きる能力なのではないでしょうか。

セラピストの役割と未来

——先生はセラピストとはどのような職業だと考えていますか。

竹林:
セラピストとは他者の生活や人生に深くかかわらせていただく職業だと思います。
セラピストは,患者さんがやりたいことをできるように支援する仕事です。
ただし,「やりたいこと,なりたい自分」と言われても,われわれもすぐ答えられないのではありませんか?
つまり,当事者さん自身もそのニーズに気付いていない場合が多々あると思います。
われわれの職業は,そのような患者さんの潜在的なニーズに応える仕事なのではないかと考えています。
潜在的なニーズを知るためには患者さんと時間を共有して,その方が何をやりたいか,対話のなかで多く語ってもらう必要があります。
そういった心の柔らかい場所に入っていく仕事だと思いますので,セラピストは大きな責任を担うのだと考えています。
本当に,臨床では楽しさ以上に怖さを感じることがほとんどですが,それでも,しっかりと患者さんに向き合うことが大事だと思います。
なかなか覚悟のいる仕事だなと感じています。

——最後に新人・若手のセラピストに向けてメッセージをお願いします。

竹林:
セラピストのなかには将来への不安を抱えている方もいるかと思いますが,特に作業療法はこの10年で就労支援や自動車運転支援,産業作業療法など,活躍の場を拡大しています。
私も自分の取り組みを通じて,作業療法の幅の拡がりを実感していますし,今後も新しい作業療法士の活躍の場は増えていくと思います。
この状況は0から1にできる誰かのチャレンジによって生まれたものだと思います。
この流れのなかで,まずは目の前の患者さんに貢献し,自分のできること,そしてなりたい自分を探してみてください。
次はぜひみなさんがチャレンジしていただいて,新しい活躍の場を創造してほしいと思います。

竹林先生には今回,情報リテラシーの重要性,EBPの本質,自身の取り組みに対する信念,そしてセラピストとしての心構えと役割についてお話しいただきました。SNSを通じて第一人者の発信する情報が容易に手に入る時代だからこそ,画面上では知り得なかった竹林先生の人柄や情熱,言葉の重みに直接触れられる貴重な機会となりました。「目的と手段が入れ替わってしまってはいけない」という言葉は,セラピストの方々に限ったものではなく,医学の情報に携わることで社会貢献を果たす役目がある一編集者にとっても戒めとなりました。
漫画好きで推し活などにも情熱を注がれているという竹林先生。その背景にある一貫した信念は,無限の可能性があるセラピストの新時代を照らす一番星となるように感じました。

(了)


【竹林 崇先生プロフィール】
〈略歴〉

大阪府生まれ。2003年川崎医療福祉大学医療技術学部リハビリテーション学科作業療法専攻卒業後,同年兵庫医科大学病院リハビリテーション部入職。2018年兵庫医科大学大学院医科学専攻高次神経制御系リハビリテーション科学修了後,博士(医学)を取得。同年大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科准教授として着任し,2020年4月より同大学院教授(2022年4月より大阪公立大学大学院リハビリテーション学研究科教授),現在に至る。専門分野は脳卒中後上肢麻痺に対するアプローチで,関連する論文・書籍を多数執筆。X(旧Twitter)をはじめ,YouTube,Instagram,noteなどのSNSやオンラインサロン,Webセミナーを通じてセラピストに情報提供を精力的に行っている。

【主な著書】
行動変容を導く!
上肢機能回復アプローチ -脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略(医学書院)
上肢運動障害の作業療法 -麻痺手に対する作業運動学と作業治療学の実際(文光堂)
作業で創るエビデンス -作業療法士のための研究法の学びかた(医学書院)
PT/OT/STのための臨床に活かすエビデンスと意思決定の考えかた(医学書院)
作業で紡ぐ上肢機能アプローチ -作業療法における行動変容を導く機能練習の考えかた(医学書院)
作業で語る事例報告 第2版 -作業療法レジメの書きかた・考えかた(医学書院)
PT・OT・STのための臨床5年目までに知っておきたい予後予測の考えかた(医学書院)
急性期・回復期でおさえておきたい脳卒中作業療法の心得(メジカルビュー社)

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