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”わがまま”な患者が愛おしいって話

『アユム先生!552号室の塚本さん、またわがまま言うんですー!話してみてくださーい!』

昼のミーティングで、担当看護師の萌子ちゃんが言っていた。塚本さんは、家族と疎遠にしているおじいちゃんだ。いわゆる、ちょっと偏屈なおじいちゃん。お酒のせいで肝臓が悪くて、腹水がパンパンだ。本人曰く、酒のせいで家族に愛想つかされた、そうだ。

『今回はなんて言ってたの?』

『俺に触るな!ほっとけ!だって。』

塚本さんは、入院するたびに看護師さんにそういうことを言っている。でも私には、『言い過ぎちゃったから、さっきの子に謝っといてくれ。』とか、『本当はあんなきつく言うつもりじゃなかった。思うように体が動かなくて、イライラして。』とか話してくれる。かまってほしい、ただの寂しがりやさんだと思っている。看護師さんって優しいし若い子が多いから、ついワガママを言っちゃうんだよね。うん、わかるよ。

翌日、塚本さんのところへ行った。

『背中乾燥して痒いって言うから、クリーム出してもらったよ。看護師さんに言えばいつでも塗ってもらえるからね。』と言うと、塚本さんは恥ずかしそうに頭を掻きながら答えた。

『昨日、ほっといてくれなんて言っちゃったんだ。そんなこと今更頼めないべよ・・・』

なんて人間らしくて愛おしいのか。私はいつも、わがままな患者さんと話すたびにそう思う。

もちろん、家族として四六時中ワガママを言われる立場にあれば、腹立ちもするだろうし愛想も尽きるだろう。担当薬剤師、というちょっと距離感のある立場だからこそ思える事だ。

『萌子ちゃん、塚本さんにクリーム出たでしょ。あれ体拭きした後とか寝る前に塗ってあげれるかい?昨日ほっとけなんて言ったから、恥ずかしくて頼めないってさ』

ナースステーションに戻って伝えると、萌子ちゃんは笑っていた。『あはは!塚本さんも可愛いところありますね。申し送りで共有しますね。』


そもそも、”ワガママ”とは一体なんだろうか。

福澤諭吉は『学問のすゝめ』で、『自由と我儘の界は、他人に妨げを為すと、為さざるとの間にある』と書いている。つまり、他人がNOと言えばワガママだし、他人がOKだよと言えばそれは自由にあたるということだろう。


最期が近くなってくると、患者さんからの要望は増えることが多い。家族に会いたい、そばに居てほしい、話を聞いてほしい、様々だ。その全てに共通して感じるのは、自分という存在を心に留めてほしい、ということだと思う。

家族が毎日面会に来てくれる幸せな人は、私が思っていたよりずっと少ない。仕事や学校がある、家が遠い、介護に少し疲れてしまった、そもそも仲が良くないなど、事情は多岐に渡る。

そして、家族にワガママを言えない人だっている。心配をかけたくない、迷惑をかけたくない、死ぬ前に嫌な人だと思われたくない。患者の側にも複雑な思いがある。

家族に言えない人、家族が面会に来ない人は、誰にワガママを言うか?医療従事者にである。

医療従事者は、家族ではない。どこまで行っても他人であり、仕事として患者の人生と向き合っている。だからこそ、『ワガママ』を『自由』に変えてあげることができると思う。私はそう思っている。


これはあくまでも私個人の意見だが、私は終末期の患者さんと接するときに、『ひとりにしないこと』『寂しいままでいさせないこと』を大切にしている。

それは、物理的にいつも誰かが一緒にいるということではない。自分のことをわかってくれる、わかろうとしてくれている人がちゃんといるんだ、と知ってもらうことである。そして、あなたを気にかけていますよという気持ちを、きちんと言葉や態度で伝えることである。

”ワガママ”を言うにも、信頼関係が必要だ。だからこそ、ワガママを言ってくれたときには嬉しく思う。そして、最期まで自分らしくいようとしてくれるその気持ちを、愛おしいと思う。


塚本さんは、最期まで家族に連絡を取ることなく、亡くなった。

呼吸が悪くなってから意識がなくなるまでの間、一度だけ会うことができた。何を言っていたのか上手く聞き取れなかったが、多分、ありがとうな、と言っていた。手を握って、ここにいるからねと伝えたのが最後の会話になった。


塚本さんは旅立ったが、次の塚本さんが待っている。プロとして淡々と仕事をこなすのもいいが、私はいつまでもウェットでいたいと思う。ワガママを自由に変えながら時間を共にしたい。患者のその人らしさを愛おしいと思う気持ち、ずっと持ち続けたい。

これを読んでくれた皆さんは、ご自分が病気だったり、家族の誰かが病気だったりするのだろうか。どうか、ワガママを言える相手を見つけてほしい。家族じゃなくてもいい。ほんのちょこっと勇気を出して、言ってみて。きっと受け止めてくれるから。あなたの人生を少しだけ、支えさせてほしい。

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