チョコレート

口の中にそっとチョコレートを入れた。じんわりと甘さが口の中に広がる。しばらくその味を楽しんだと思ったら、すっと溶けてしまった。

疲れた時に、こうやってチョコレートを食べるのが私のお気に入りだ。高級チョコレートを食べる機会なんてそうそうないので、個包装になっている小さなチョコを机の引き出しにストックしている。優しい甘さが好きなのだ。

「あ、チョコ休憩ですか」

隣の席にいた後輩が笑う。彼女はよく給湯室で紅茶を淹れて休憩にしていた。手に青いマグカップを持っているところを見ると、彼女も休憩中なのだろう。私もたまにご相伴に預かっていたがかなりの腕前だ。

「そう、書類作成が一通り終わったからチェック前にね」

「先輩がチョコ休憩に入ると、すぐわかりますよ。あんなに幸せそうな顔して小さなチョコ一個をじっくり味わう人なかなかいません」

唇を片方だけ上げて見せる。皮肉っぽくは見えないように、細心の注意を払って。表情は以前よりわかりにくくなった。後輩もそれをわかっているから、さらっと話を変えてくる。

「そういえば、毎年クリスマスの時期にチョコレートの差し入れしてたじゃないですか。今年は配れないので、代わりに忘年会設定したんですよ」

「チョコレートの代わりが忘年会ってどういうこと?」

「どっちも、なかなか話せない人にも話しかけられる手段なんです。私は同期が軒並み支社勤務になっているし、人見知りがあったので溶け込めるか不安でした。チョコレートは、先輩が休憩で見せるみたいに、幸せの鍵だと思うんですよ。それを配ることで、幸せのお裾分けというか、コミュニケーションのお裾分けができたらいいなって。バレンタインだと義理の色合いが強くて嫌なので、この時期に。忘年会も、人と話す手段としては有効ですよ。わかるでしょう?」

珍しく饒舌で、熱っぽく語られた。気圧されたようにうなずいてしまう。

「その話は初めて聞いたわ。宴会行くタイプじゃなかったし。ちなみに、忘年会はいつなの?」

「明日です。ノー残業デーなので。まあ、在宅ですしオンライン飲みなので関係ないですけどね」

今度は後輩が唇の片側だけを上げる。その笑みはどこかチェシャ猫を思わせた。

「そんな急で集まるの?」

「実は、根回しを先にしたんです。先輩にはわざと直前に連絡しました。こういうイベントは、事前に連絡するよりゲリラでやった方が先輩来てくださるので。どうされますか?」

皮肉なことに、明後日は家族と過ごすつもりだったが明日の予定はなかった。実家に顔を出すのはもっと後。

「ん、作戦勝ちですね。参加するわ」

その言葉を聞いた後輩は画面越しに笑った。

「了解です。ここにいるみんなが証人になってくれますね」

その瞬間、画面上にたくさんのサムアップと拍手の絵が現れた。そういえば聞かれてた、と内心冷や汗をかく

そう、私の部署はなぜかオフィスをオンラインにしている。在宅ワークだが、就業時間はオンライン会議システムに接続するのがルール。休憩の時だけカメラをつける仕組みだ。今カメラがついているのは私たちだけ。会話も筒抜けだ。

「やられた。まあ、チョコレートに免じて許しましょう。楽しみにしてるね」

後輩が頷いたのを見てカメラを消す。口の中にはまだチョコレートの甘さがほんのりと残っていた。終業まではあと1時間。さて、仕事が終わるまでチョコ休憩なしでいけるかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?