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いつもつい

場違いな音楽が鳴り出し、男は目を覚ました。

 布団の中に入ったまま、腕だけ伸ばして音を頼りに手探りでスマホを探す。怖い存在から隠れるように震えながら鳴いている端末を掴むと、軽く画面に触れて大人しくさせる。
 画面には、「5/1(水) 6:02」と表示されている。
 また、今日が始まる。
 私は身体を起こすと、玄関に向かい、置いてある砂時計をひっくり返す。30分測れる高さ10センチほどの砂時計だ。
 音もなく砂が落ちるのを見て、またやってしまったと思う。今日こそルーティンを崩すつもりで布団に入ったのに、ついいつもと同じ行動をしてしまった。
 もう一度砂時計に手を伸ばしかけたが、今さら戻したところで何も変わらないか、と思い直して、砂が落ちるのを重力に任せてトイレを済ませた。
 顔を洗って、いつも通りのスーツを着る。たまには違うスーツとネクタイもしたいと思うが、どうせ会社と家の往復ばかりなので、全部同じもので揃えてしまった。
 もう少しおしゃれに気を遣っていればと悔やむが、もうどうにもならない。
 朝食もやはりいつも通りのトーストだ。いつも通りというか、これしか家にないのでトーストを食べるしかない。
 テレビを点けていつものニュース番組にチャンネルを合わせる。この時間は、ワイドショー番組をやっているが、オチが読めるものを毎回見るのも飽き飽きしてくる。
 天気予報のコーナーになったところで、家を出る。
ちょうど砂時計の砂が全部落ちる瞬間が、ドアを締めるときに見えた。

 いつもと同じ駅からいつもと同じ電車に乗って、いつもと同じ駅で乗り換える。
 いつもついルーティンな動きをしてしまう。
 それでも一度違う時間の電車に乗ってみようとしたが、遅延があって結局同じ時間の電車に乗ることになった。
 会社に着くと、昨日と同じ仕事をする。いつも同じなので、仕事のスピードも上がってはいるが、いつも途中で邪魔が入り、結局こなす仕事量は変わらない。
 たぶんそういう「ルール」なんだろう。
 
 そうだ。
 この世界には、「ルール」があると感じている。

 やはりいつもと同じ時間に会社を出て、つい寄り道せずに帰ってきてしまった。
 変化のある毎日に憧れたりするが、いつもつい同じルーティンを繰り返してしまう。
 きっと本当は変化のある毎日なんて望んでいないのかもしれない。もしくは、それがこの世界の「ルール」なのかもしれない。
 日課にしている読書をしていると、急に眠気が襲ってきた。
 私は本を閉じてベッドの脇に置いてライトを消す。いつも同じところで眠くなるので、ついそこでやめて寝てしまう。
 部屋の明かりを消すと、枕元に置いたスマホの画面の光だけ浮き上がって見える。
 私が瞼を閉じる直前に、その光もすっと消えた。


 男は夢を見ていた。
 大学の陸上部でトラックを走っている夢だった。
 彼は同じペースでずっと走り続けていた。
 どこまでも走っていけそうな全能感が彼を支配してきて、トラックの外に出たいと思っていた。
 しかし、出口は塞がれていて、外に出ることはできなかった。また、彼の足も走ることを止めようとはしなかった。
 何より彼自身が走ることを止めたいと思っていないようだった。
 変わらない風景の中を男はひたすらループするように走っていた。
 おそらく、実際にループしていても誰も気づかなかっただろう。


このループする世界に切れ目を入れたみたいに、遮光カーテンのすき間から朝が一筋暗い部屋に浮かんでいる。
ベッドで寝ている男の枕元で、「5/1(水) 6:00」の表示とともにスマホの画面が光った。

 その時、どの風景とも馴染まないことを存在意義としているような

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