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四次元

 祝日のマクドナルドは、午後2時を過ぎてもランチタイムかと思うほど混雑していた。店内を見回すと、家族連れも数組いたが、ほとんどが学生やカップルだった。センスのない寄せ植えのように、おしゃべりの花が咲いている。
「なんだかんだ言って、意外と面白かったな。ドラえもんの映画」
 俺は向かいに座る友也に言った。
 ゴールデンウイークも後半に入ったところで、「見たことない世界を観に行こう」と友也が誘ってきた。3月から公開されているドラえもんの映画は、もうすぐ公開終了が迫っていた。
バイトのシフト変更で暇だった俺は、のこのこと友也の誘いに乗った。
「当たり前だ。宮原、いいか。ドラえもんは誰が見ても面白くて、世代を超えて愛されている最強のアニメコンテンツなんだぞ」
 友也は、食べ終えたフィレオフィッシュの包装を丸めながら答える。そして、2個目のフィレオフィッシュを掴んだ。友也の好物らしい。
「いや、それでも基本は子どもが観て楽しめるってのが前提にあるだろ。だから正直舐めてたし、友也がドラえもんの映画を観るって言ったときは、ちょっと引いたわ」
「宮原って、失礼なことをサラッと言うときあるよな」
 友也はストロベリーシェイクをずずっと音を立てて吸う。ドラえもんは面白かったが、友也に関しては、子どもと同じ感性なだけなんじゃないだろうか。
「気の置けない友人ってことだよ」
 俺は友也の小言を適当にあしらう。
 友也は2個目のフィレオフィッシュを食べ終えると、さあ行こうかと言って立ち上がった。

 ターミナル駅に向かって歩いている途中、俺は友也に話しかけた。
「ところで、『見たことない世界』ってのは、映画のことでいいんだよな」
「いや、ドラえもんは事前準備。これからが本番。とりあえず、スーパーに寄っていこう」
「スーパー?」
「そりゃそうだろう。いつだってアルコール分解の向こう側に新しい世界が待ってるんだ。お酒とつまみを買っていこう」
 こちらを見ずにそう言うと、友也は人波をかきわけて駅の東口に向かった。
 夏日になった日差しのせいか、東口はそこだけ明け損ねた夜みたいに暗く見えていた。

 友也は、スーパーで買った焼酎のパックと、ポップコーン、冷凍食品のから揚げを入れたレジ袋をぶら下げて、俺の家に向かう。
「なぁ、なんでまた俺の家なんだよ」
 俺は少し振り返って友也に聞いた。
「駅とスーパーの延長に宮原の家がちょうどあるんだよ。荷物は俺が持つから、お前の家で飲もうぜ」
 そう言われると、反論しにくい。週に何回もお店で飲めるほど余裕があるわけじゃない。
「ほら、宮原んちが見えてきた。これから俺の家に移動するのは、あまりに非効率だろ」
「次は友也の家で飲むからな」
 それなりに重さのあるレジ袋を持った友也は、右手と左手で持ち替えながら俺の少し後ろをついてくる。返事代わりに友也は大きく頷いた。
 
テーブルにつまみを並べ、お題目の無い乾杯をすると、早速友也が切り出してきた。
「宮原、四つ目の座標軸は時間じゃないんだよ」
 急すぎて何の話か分からない。
「何の話?」
 レンジで温めたから揚げは、お世辞にもカラっとはしていなかった。
「ドラえもんにも出てくる四次元の話。今日は宮原に四次元を見せる方法を思いついたから伝えにきたんだよ」
さすが理学部数学科。全然わからない。
それから、1時間ほど友也が説明してくれた。
三次元空間に時間軸を足しても、それは、四次元時空と呼ぶべきで、四次元空間にはならない。言ってしまえば、四次元時空は私たちが普段生活しているこの世界と何ら違いはない。だから、四つ目の次元を時間とすると、ドラえもんのポケットはせいぜいマチが数センチのただのポケットでしかなくなる。
そもそも、三次元に「時間」を足して四次元なら、縦×横である二次元に「時間軸」を足したら三次元ということになる。でも、通常三次元と言えば、縦×横×高さだ。
 じゃあ、四次元はどういうことかというと、縦×横×高さに直交する軸をもう一本足したものだ。つまり、動くことで有名な点Pが縦、横、高さ以外に動ける場所を増やすんだよ。
 要するにこんな感じのことを友也は力説してくれた。
「つまり?」
 まだらに話の内容を理解した俺は、いつものように友也に聞いてみる。友也自身は特にリアクションがないから、俺が分かってないことをたぶん分かって思ってない。
「つまり、普通では見えない四次元を見せてやるって言ってるの」
 友也はそう言って、カバンを手繰り寄せると、中からルーズリーフを一枚だして3本の直線を書く。それぞれにx軸、y軸、z軸と書き加えた。
「これが俺たちのいる三次元な。で、そこに鉛筆を立ててみろよ」

 なるほど思った。飲み会のネタじゃねーか。
 友也は前回分も含めたドヤ顔をしている。
「な?宮原これが四次元。宮原の見たことない世界」

 なるほどと思った自分が悔しかった。




七緒よう

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