映画「アトランティスのこころ」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第70回
幻の国を忘れないで
2001年「アトランティスのこころ(Hearts in Atlantis)」
文・〝美根〟(2023年2月17日連載公開)
今年は自分のためのバレンタインチョコを買わないことにした。今まで毎年買っていて、去年のこの連載の記事にも書いたように、1日で一箱食べ切っちゃったり何箱か買ってしまうほどだったのに、今年は欲望が襲ってこないぞ。自分を管理できているようで嬉しい! …でも来月、ホワイトデーで自分用チョコを買っている私が出現したら、皆様、何も言わず温かく見守ってください。欲望に負けたんだなって…。
自分で自分用に素敵なチョコを買うようになったのは高校生くらいの時かな。小学生の時は、溶かして固めて好きな型のチョコレートを作ったり、中学生や高校生の時は友達とこっそり学校で交換したりしてたな。そういうのはなんだかんだ楽しかったな。当時の渦中にいる自分はいろんな気持ちが入り乱れて自分のことで精一杯だったけど、大人になって思い返すと、その時にしか感じられないうるうるの心が見ていた世界が煌めいて思い出される。中学の時に仲の良かった音楽の先生が、「あなたのそのうるうるの感性を大切に。」と書いた手紙を卒業の時にくれたなぁ。時には抗えず大人になってしまったけど、どの瞬間も、その瞬間のベストの、うるうるの感性でいることに努めたい。
少年は不思議な紳士と出会う
ボビーの元に子供時代の友人サリーから郵便物が届く。野球のグローブ。「新しいのを買ったらこの古いグローブをやるよ。遺言書と一緒にね」子供の頃冗談めかしてサリーはそんな約束をした。サリーが亡くなった報せとともに、その約束は現実になった。グローブを受け取ったボビーは、葬式へ参列するため、サリーたちと過ごした街へ向かった。古い空き家となった母と過ごした家に訪れたボビーは11歳の誕生日を思い出す。買ってもらえない憧れの自転車、サリーともう一人の友達キャロルと過ごす時間。そしてこの日は、不思議な老紳士テッドと出会った日でもあった。
スティーブン・キング恐るべし!
原作は、「IT」や「スタンド・バイ・ミー」のスティーブン・キングなだけあって、この映画の子供たちの心の描写が繊細。
この原作は読んでいないのだが、特有の繊細さが美しく切なく映像化されていることに映画制作チームの愛を感じて尊い。ヤバいピエロが出てこない「IT」、旅をしない「スタンド・バイ・ミー」…というと、微妙に思われるかもしれないが、アンソニー・ホプキンス演じるテッドが、不安感や寂しさに心を震わせながら成長していく子供たちを包み込むように、優しく存在するので、主人公ボビーたちの心の機微や時間の流れに集中して観ることができる。
そして大人への不信感がよく描かれるスティーブン・キングの物語の中でもテッドは、“こんな大人がいてほしかった”感が強い。テッドには、なんでも知っているような、全てを見透かしているような、不思議な力を持っているのだ。
子供たちの不安な心
子供の頃特有の、不安な気持ちが要所要所に登場する。ボビーに関しては、貧しい生活とは裏腹に仕事用のドレスを買ってばかりの母親への不信感や心配な気持ち、街の悪ガキが襲ってくるんじゃないかという恐怖、誰を信じて良いのか?というおびえや、欲しいものが自分だけ手に入らない不満感や憧れ、大人になっていくことへの不安。心が柔らかく、テッドが言うように「幻の国、アトランティス」を心に持つ子供たちゆえに、感じ取ってしまう、ふとした寂しさが、静かに描かれていく。
現実を目の当たりにしながら大人になっていくボビーを、優しくテッドが手を見守る。いろんな出来事を織り交ぜながら、ボビーとテッドの温かい交流が描かれていく。ボビーがテッドを、周りと比べて自分にはいない父親や、安心できる心の拠り所として、感じるように変化していく姿がいじらしい。ボビーがキャロルをおぶっていくシーンは、そんなボビーの何かを乗り越える姿が見れる。どうしても涙が出るシーン。
そしてそんな子供時代を、大人のボビーが回想している、と言う設定がより子供時代を鮮やかに切なく魅せる。サリーやキャロルが最初の場面で亡くなったことを知らせてから、回想に進むのがにくい演出で、より時の流れを感じざるを得ない。実際、大人時代は総じて映像のトーンが暗くモノトーンな雰囲気に統一されていて、子供時代は反対に色鮮やかなシーンが多い。映像としても、そんな煌めく過去や優しい心を無意識下により豊かに感じさせてくれている。
私たちは大人になるけれど
今回の指輪では、グローブから思い出が溢れてくるように、くるりとグローブの手の中にむきを変えるとモチーフが出てくるそんな仕掛けを持たせてみました! 映画の物語に沿った演出ができて、最高のデザインとなりましたのでご覧あれ!
私も、テッドのような人の心が見えたりする力が欲しいなとも思ったけど、そんな力が手に入ることはなく、時間は諸行無常で過ぎていくんだろうなってこともわかっている。いろんなシーンが入り乱れる私たちそれぞれの人生。ボビーたちのような子供特有の世界、制限がある中で全てに煌めきや物語を見出せる世界は、大人になってからはもうどうしたって届かないもので、テッドが言うように、「失われてしまう幻の国」なんだけど、思い出して、子供の自分を許したり、昔の自分に重ねて今の子供たちに手を差し伸べることはできる。
胸の中で息づいていたはずのアトランティスを抱いて、大人の私たちも一歩ずつ時とともに歩んで行こう。
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音楽:BGM「Sh-Boom」The Crew Cuts
カバー「Smoke Gets In Your Eyes」The Platters
モチーフ:サリーのグローブ、金魚鉢、父親の写真、憧れの自転車、ルートビア、新聞
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