【戯曲】少年は影を見る


登場人物
少年A(13)田舎の公立中学校に通う読書が好きな少年。自分の顔を髪で隠している。
少年B(13)都会の私立中学校から少年Aの通う学校へ転校してきた美少年。



メモ
この本は私の好きなものを注ぐ
きっと私の歪んだ思想があふれている
つまりは世間から孤立した物語になるのだろう
だから登場人物には孤独という黒い影が見える
一人のようで独りではなく二人のようでふたりではない
お互いが近くにいても孤独が追いかけてくる

暗く深く
追いかけてくるのです


一日目
2015年秋、平日の真っ昼間、学校では二限目の授業が終わり昼休み。
第二校舎の裏側(建物は3階建てで古びている)は日陰になっており過ごしやすい。
校舎の裏側は必要最低限整備されていて草木は伸びきっているが道(人が四人ほど並べる程度の幅)はある。
その他に目に写るのは、
樹齢百年程度の大きなけやきの木、寂れて倒壊しそうな用具倉庫、
そして校外を隔てる金属のフェンスと学校の外を覆うように広がる森だ。
少年Aは一人ケヤキの木の下に座り昼食のツナサンドイッチを右手に持っている。
彼の膝下のあたりにコンビニの袋があり、その上に書店のカバーがかけられた文庫本が置いてある。
BGMは校舎や校庭から聞こえてくる他の生徒たちの話し声。
特に少年Aは何をするでもなく心ここにあらずと言った様子で空を眺める。
何もないつまらない時間だが変化は嵐のように唐突だ。
少年Aが右手に持っているツナサンドを口に近づけ食べようとした時、
校庭から校舎裏に息を上げながら走っている人影が見える。
少年Bである。
彼は誰かに追われているようでひどく後ろを気にしている。
校庭から死角になり校舎からも簡単に見えない影に身を隠すと少年Bは長く息を吐く。
その後、少年Bはけやきの木の下に少年Aがいることに気づき隣に座る。
これが二人の出会いである。

少年A ・・・・・・。

少年B 隣座っていい?

少年A (ため息をつき)もう座ってるじゃないか

少年B 確かにそうだね。
    じゃあここは非礼を詫びるために、土下座でもしてあげようか?

少年A いいよしなくて。
    君って結構変な人?

少年B 『変な人』とは初めて言われたかな。
    初対面だと『面白い人』って言われるよ。

少年A 周りが気を使っているんじゃないか?


 少年Bの顔を少年Aが覗き込む。整った顔が隠れた瞳の奥に写る。


少年B 前髪そんなに長いのに俺の顔見えてるの?

少年A 残念ながら見えているよ、見なければよかった。

少年B (不満そうに小首をかしげ)なんでさ。

少年A 僕が想像していたよりも綺麗な顔だから。
    そんなことでも嫉妬しちゃうんだ子供だから。

少年B 君もしかして変な人?

少年A 『変な人』とは言われたことないな。
    『正直な人』は言われた。

少年B (笑いをこらえながら)じゃあお前も周りに気を使われてるんじゃないか。

少年A (自嘲の笑みを浮かべ)そうかも。
    だからここにいる。
    ここには誰も来ないから。

 この時強い風がふく。少年Aは左手で女子のように髪を押さえていたが前髪が煽られ顔が見える。


少年B 髪切ればいいのに。
    そしたら誰も気なんか使わないんじゃないか。

少年A (左手で前髪を直しながら)すけべ。

少年B 今のは事故!ラッキースケベだ。
    謝礼に右手に持ってるサンドイッチくれたら見なかった事にしてやる。

少年A なんでお前にお礼するんだよ、バカ。
    仕方がないからサンドイッチはあげるよ。
 

 右手から少年Bにサンドイッチを渡す


少年A どうせ食べてなかったんだろ?

少年B (サンドイッチを受け取り食べながら)なんでそう思う?

少年A 勘かな。
    こんなところに来るやつはだいたい昼飯なんて食ってない。

少年B (食べながら)名探偵だな、少年!

少年A ありがとう見知らぬ人。
    食べながら話すと品性を疑われるぞ。

少年B 大丈夫だ。
    まだ俺はお前に自己紹介をしていない。
    お前の中では名も無き美少年というモブだ。
    関係性を築いていないから品性を疑われたところで痛くも痒くもない。
    周りに他の奴らの目もないし。


少年B、サンドイッチを食べ終える


少年A (笑顔を取り繕って)自分で美少年って・・・・・・腹立つな。
    だが言いたいことはわかる。
    僕たちはまだお互いモブ同士だ。
    お互い気を使わなくていい・・・・・・楽だな。

少年B 俺もそう思う。
    お互い木や壁とでも話しているような気分だ。

少年A でも反応は返ってくる。
    おかしな話だな。

少年B 全くだ。
    だから俺はお前にはじめましてをしないし名前は名乗らないことにする。
    少なくとも今は。

少年A そうだな。
    僕もそうするよ。
    この関係は嫌いじゃない。

少年B (立ち上がり少年Aを見下ろす)さてそろそろ昼休みも終わる。
    読書もそれくらいにしたほうがいいぞ。

少年A ご忠告感謝するよ、美少年さん。
    でも僕は本が好きだから数分でも読めれば幸せを感じられる。

少年B じゃあきっとその本は『幸福論』だな。
    わずかな時間でも本の香りを噛みしめて君は鼻歌を歌うんだ。
    『あぁ、良かった!
    変なやつに絡まれたけどそれすらこの数分の前では、
    どうだって良いことなんだ』ってね。
    お前はそういうやつだと嬉しいよ。
    いや、そういうやつだって俺は願ってる。

少年A 止めてくれよ。僕はそういう幸福探しが苦手なんだ。
    聞いているだけで頭がクラクラする。
    そこまでポジティブならここにはいないよ。
    それに僕が読んでいるのは『幸福論』じゃない。
    君の予想は大はずれだ。
    見知らぬ美少年、残念だったな。

少年B 意外だな。絶対当たってると思ってた。
    好きで顔を隠すやつだ。幸福もきっと自分の手の中に隠しているんだと思ったよ。
    今日はハズしたか・・・・・・。
    悔しいから、明日は読んでる本、当ててやる。

少年A もう明日の話をするのか?
    せっかちだな、君は。

少年B だって別れの挨拶をするのも違うだろ?
    別れの挨拶なんてしたらそれはそれで友達みたいだ。

少年A 確かに。
    あるのかないのかわからない次の話をしたほうがそれっぽい。
    次を求めているようで何も求めてないんだな、君は。

少年B そうだよ、よくわかったな。
    何もいらないよ、俺は。
 

そういうと少年Bは校舎裏から去っていく。
少年Aは何も言わないし、彼を見てすらいない。
少年Aは手元の本を開き、残り少ない時間は読書を楽しむ。
少年Aが開いた本は『私の幸福論』福田恆存のものであった。
 

小説の劇や主人公は決して自由ではない。
失敗しない主人公、窮しない主人公、苦しまない主人公、そんなものは、絶対に誰にも愛されません。
みなさんが愛するのは、苦しんでも失敗してもいいから、
いかにも自分の宿命を生ききったという感じを与える生きかたでありましょう。

 
少年Aはなんだか面白くてつい誰もいないのに笑ってしまう。
彼は役割なんていらないと言っていたけれど主人公なんて良いんじゃないだろうか。
多分口に出したら、お前がやれと言われて終わりだな。

本を読んでいると予鈴が響く。
少年Aはその場を後にした。(一日目・終)

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【引用文献】『私の幸福論』福田恆存 ちくま文庫

こちらの作品は2017年11月18日に発行した自分向けの同人誌『少年は影をみる』を手直ししたものになります。少し最後の展開が違うかも。最初に書いたものはpawooに載せています。

初めて書いた戯曲なので思い入れが深い作品。触れあっているようで触れあってはいないという距離感を書いてみたかったです。



 


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