escape, but struggle

高度経済成長を経て日本の豊かさが安定してきた1980年代に、思索に耽る余裕のあった世代の心を浅田彰の『逃走論』が掴んだという。
立ち止まることなく、パラノから逃げる。
そこからバブルをきっかけに「失われたn年」なんて言われてどんどんしんどくなり、今となっては逃走する余裕も、そんなことを大っぴらに言い出せる空気もなく、降りかかる大きな痛みを「エモ」と「笑い」を駆使して、感傷的そして幻想的なものに作り替え、あるいは自虐と冷笑の素晴らしいバランス感覚でダメージを最小限に抑え往なしている。(これも小さな逃走の形ではある)
この不健康な営みは一方でフロイトの防衛機制にも見えて、まあ人間の性なのかもなと思ったりした。

こうして自己に閉じこもって、自分の精神を過度に一般化してあたかも取り巻く環境に逃れようのない原因があるかのように言うのも立派な防衛機制?わからない。

あとそもそも『逃走論』も含めてすべてエアプなので、かなり雰囲気で適当に書いています。受験知識しか蓄えることを許せない貧しい畑で、悲しさを埋めるために思索を育てようとするのは浪人生特有の痛々しさということで大目に見てほしい。

言いたかったのは、現代(殊にtwitter世界)では「痛みを、どれだけエモくあるいはおもしろく加工するか」みたいな思想が流行している気がして気持ち悪いなと思ったよーという話。

もっとしっかり闘争していきたい。

チバユウスケが亡くなった。
「ロックを鳴らし続けてかっこいいまま死んだ」なんて言いたくない。亡くなるってのはいなくなるってだけだよ。
1998年のフジロックであんなにイカれたかっこいいステージが中断された中、「大丈夫か、絶対に死ぬなよ」って言ったあのMCに救われてきたところがあった。ロックって生きてなきゃだわ!!って。
当たり前だけど「なんで死んだんだよ」とかでもない。闘病していたのはファンとして知っていたし、本当にご冥福を祈るばかり。
ただあのロックにかぶれた全部むちゃくちゃだった時期に、「生きなきゃ」って強く思えたんだよな。
これからもチバの遺した音楽とともに生きます、憧れる気持ちはずっと変わらないしね。

受験やばすぎる。絶望的すぎる。
共通テスト本番で去年のように国語で奇跡が起こることだけを願って、今やれるだけのことをやれたりやれなかったりしている。

短歌4首『(This is not a) Sad memory.』


ホームシック・ナイト 相変わらずの上の空一応ベツレヘムの星さがす

年確がこわくてコンビニはしごして買わずに帰ったアルコール、ラビュ

大袈裟に青色のつぶグミをかじる「ほら!夏!爆発!」/summer of love

ロストバゲージ‪⿻‬
生きるには何も持たなくていいって気づかせてくれてサンキュー

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