そして誰もいなくなった
ある日、従業員の1人がボスに言いました。
「ボス、それ間違ってます。」
周りの人達の間で、緊張が走ります。「ああ、地雷を踏んでしまった!」
「何だと!てめえ、俺に恥をかかせるのか?」予想通りの展開です。
ひたすら、ボスの怒鳴り声が止むのを待ちます。
それから、どれほどの時間が経ったのでしょう。ようやく大人しくなったボスでしたが、私たちはどっと疲れてしまっていました。
次の日、彼は職場に来ませんでした。医師の診断を送り付けてきて、そのまま退職。
そこそこ仕事が出来た彼の退職に焦るボス。
電話をかけて、高圧的な感じで引き留めを図りましたが、無駄でした。
彼の荷物をまとめて、着払いで家に送ったのは私でした。
机を開けます。爪切りと、切った爪が机の中に散乱していました。
鬱でした。こんな所に6か月以上もいたため、壊れていたのでした。
私は彼に散々八つ当たりをされていたので、あまり同情する気持ちにはなれませんでした。
別の先輩が言いました。「お前らも言葉には気を付けろよな!」
1人が地雷を踏むと、皆に波及します。これ幸いと、ボスの憂さ晴らしが始まるのです。狂気の輝きを放つボス。誰も、止められません。
突然退職した彼の仕事を皆で引き継がねばなりません。何をどこまでやっていたのか、結局すべてを把握することは困難でした。
手探りで彼の残した仕事に取り掛かりますが、当然失敗の連続です。失敗する度に怒りまくるボス夫妻。不幸の連鎖が断ち切れません。
それに、間違ったことを間違いだと指摘できないのですから、皆が誤りに気が付いていても、正しい方法で仕事が出来ないのです。
なんとも不思議なモヤモヤを抱えながら、仕事をします。
また、ある先輩が言いました。「ボスの言う事は、頭の上を通過させること!まともに受けてはダメです!」
「先輩は、器用なんだな」と思いました。
やがて、この職場から私の顔見知りはすべて消えてしまいました。