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物語をこえて会いたくなる人

柚木麻子『終点のあの子』を読み終えて顔をあげると、日が暮れ始めていた。

カップを返却して外に出る。
少しずつ人が増えてきた駅前を通り過ぎて線路沿いを歩きはじめると、人が減り、静かになった。

『終点のあの子』の3話「ふたりでいるのに無言で読書」に出てきた、早智子について考える。
女子高のクラス内でほとんど目立たないタイプの早智子は「ウインナー指」で、漫画研究会に入っていて、背中がまるい。教授と編集者をしている両親は不在がち。家にたくさん詰まれている本を読み、掃除や料理をすることで両親を支えながら自分らしく暮らしている。ともに暮らす猫は立派な名前をもらい、早智子はもちろん恭子さんにもよくなついた。

人の目を常に気にしながら自分の立場を維持しようとするクラスのリーダー的存在の恭子さんと、人からどう見られるかに無頓着で、自分がどう感じるかを大切にする早智子。ふたりは、偶然をきっかけにひと夏をともに過ごす。けれど、奇跡のような短い日々が終わり再び学校が始まると、夢から覚めたように離れていった。

野坂昭如が大好きな早智子、小説を読んでブナの実が食べられるか調べる早智子、コミケにいくのを楽しみにしていた早智子、恭子さんにマニキュアを塗ってもらって喜ぶ早智子、その落とし方を知らないまま恭子さんとの間に再びできた溝をさびしく思う早智子。

子どもと大人の間でゆれる光るとうまれる影、その全部が、いじらしく、まぶしかった。彼女はその後、どんな大人になったのだろう。物語の中の人に会ってみたくなったのは久しぶりかもしれない。

終点のあの子(柚木麻子)




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