私が思うバイリンガル(結果的にトリリンガル)教育においての胆だった時期とは

以前投稿した以下の記事が多くの方に読んでもらっている様なので、嬉しいからこの件について色々書き加えます。

私の子供達はもう大学生と高校生です。アメリカ育ちの子供達には生まれてから私は日本語のみで会話をしてきました。そして子供達も私に英語で話しかけることは一度もありません。なので話す、聞く、は勿論のこと、読み書きも日本語できちんと出来ます。日本のテレビを見ても全て理解出来るし、関西出身の私はお笑いが好きだからよく一緒にお笑い番組を見てますが、笑いのツボなんかも通じます。

日本語教育、マジで大変でした。これ、生半可な気持ちではここまで続けられなかった、ここまで出来なかったと思います。仕事で例えると社運の掛かった『大型20年プロジェクト』みたいなもんでした。実際その気分で20年取り組んできました。今は自分でもやり遂げることが出来て良かった、って思ってます。そんでもって気分は定年退職のおじさん(おばさんだけど)の気持ちです。

補習校、公文、日本での体験入学、全てやり終えました。正直、私の住んでいる町の近辺では私が必死でバイリンガル教育をやって、子供もそれに応えて色んな結果を出した、て言う事実がちょっと知られている感じでもあります。

例えば去年、家族で家から車で30分ほど離れたラーメン屋に行って、子供達は私とは日本語、夫とは英語、といつもの様に瞬時に使い分けて話しながら家族で楽しくラーメンを食べていたら、ウェイターの方が日本人女性で「うわぁ、お子様達は本当に完璧なバイリンガルですね、ここまですごいの見たことない、一体どうやって?」とか話しかけてくれて、私が「まぁ色々。。。補習校とか体験入学とか、公文とか。。。」と言ったらその方が「あれ?もしかして00にお住いのXXさんご家族(=我が家の事)ではないですか?なんか、すごい優秀なお子さんがいるって聞きました。」って言われて超びっくりしました。だから多分我が家は普通以上にやって来たんだと思います。(自分では勿論そう思ってない。自分のベストを尽くしただけ。)

私の一日の時間のほとんどは子供の日本語教育で終わりました。お金もかかったと思います。ホント、外国で日本語を教えるっていうのは習い事、というか教養の一環と考えないと、普通に親が話しかけるだけではきちんとした日本語が身には付かないという事だと私は思っていたし、実際の周りの他のお子さんの状況を見てもそうだ、と思いました。

バイリンガルの話は本当に長くなっちゃうから今回の本題にやっと入りますが。

私はパートの仕事を今していて、それもバイリンガル教育関係なのですが、そこからの経験、そして自分のバイリンガル育児を振り返って考えると、

『赤ちゃんから小学1年生まで親が日本語だけを子供に話し、子供にも日本語だけで話をさせるように頑張ってきた家庭の子供はその後も英語環境(アメリカで住む等)にいてもバイリンガル教育は上手く行きやすい』

んじゃないかなぁ、って強く思っています。これ、簡単そうに見えてそうじゃないみたいで、やってない(出来てない?やりたくない?)親が結構います。特に赤ちゃん~2,3才の子供に日本語(母国語)と英語(母国語ではない。文法も甘い)を混ぜて話す親が思った以上に多いんです。

何でだろう?子供にバイリンガルになってほしいから両方教えよう、って思うのかな?それとも自分も英語が少し出来るから一緒に子供と勉強しよう、って思って英語で話しかけちゃうのかな?それとも周りの目が気になるのかな?ご主人がアメリカ人だと気を使っちゃうのかな?

とか色々思いますが、直接聞いたことがないので理由はわかりません。皆それぞれのポリシーで育児をされているんだろうし、それはそれでいいし、尊重するけど、もし本物のバイリンガルを、って思うのだったらやっぱり日本語だけで子供が自分の思いを話せるように、指示とかが分かるまでの小1くらいまでは混乱を招かないように母国語だけで話した方がいいかも、って私の経験から思います。

勿論バイリンガル育児を今している親にとっては育児の先が不透明で心配だとは思いますが。。。そう言う私もそうでしたが。。。

私の娘は2才になってもあまり言葉が出ずに私も義理の母親に会う度「この子は親が日本語しゃべってるからあまり英語が出来なくなるんじゃないか?大丈夫か?」とか言われて傷ついた事もあったし、肩身が狭く、不安になったこともありました。でもとにかく日本語をやる、って決めてたし「マ~」とか「ミ~」とかしか言わない娘に日本語だけで(夫は英語だけで)育ててました。

ある時、お茶をコップに入れて娘の前に置き、私が「暑いね~、ハイお茶。」って話しかけました。すると娘は左側にいた私の顔を見て「おちゃ。」と言い、すぐに右側にいた夫に向き直り、夫に"tea."と言ったのです!

その瞬間は私と夫にとって「うわっ!」って感動する、所謂『アハ体験』だったと思います。私も夫もほぼ同時に「わ!この子はわかってる!ママが日本語でダダが英語で話してる、ってわかってる!そしてママには日本語で話し、ダダには英語で話さなきゃ、って思ってるんだ!」と理解が出来ました。私も夫も今でもあの瞬間を二人ともしっかり覚えていて、それぞれがあの瞬間を心の拠り所にしてバイリンガル育児を行ってきました。

勿論こっちが日本語で話しても子供が英語で話しかけて来るケースも多いと思います。それを日本語に変えていく方法はまた次回に。(もしこの投稿がたくさん読まれたら。。。)