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機工ビースト ①KEMONOの目覚め

カチャカチャ...カチッ...ピッピッピ...
聴き慣れない機械音で目が覚めた。目の前に学者風なミドリガメがいる。白髪でシワシワのジジイだが、眼光は鋭い。仙人みたいな風貌の、カメ爺だ。

「おう、やっと起きたかボウズ。」

段々と意識がハッキリしてきた。そうだ。今日は俺のデビュー戦だった。相手は格下のネズミで、確か、勝ったはず。

「覚えてないのか、しょうがないやつじゃの。おまえ、戦いの後気ぃ失ったんじゃよ。前にも言ったが、これには限度がある。こいつの耐久性自体の問題もあるが、何より身体への負担が大きい。あんまり多用すると、すぐバテちまうぞ。」

そうだった。この爺さんのおかげで、俺の義足は『機械の脚』となった。こいつを使ってあのネズミをぶっ飛ばしたわけだが、使用限度があるなんて、使えるようで使えない代物だ。

「さ、メンテはこれで終わりじゃ。おい、ちょっと待っとれ。今おまえのボスを呼んでくるからの。」

そう言って、カメ爺はのろのろと部屋を出て行った。一人残された俺は、改めて、機械と一体となった自分の脚を見つめた。赤茶色の毛皮の中に、白銀の脚がスラッとのびている。そこに映った自分の顔を見て、漸く、今の自分の状況を理解した。

「そういえば、そうだったな。俺は人生をリセットしたんだった。」

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大きな犬歯をのぞかせて、欠伸をした。まだ眠い。平日朝の9時。大通りは出勤する動物たちで溢れている。

折角の非番の日に、こんな朝早くから喫茶店にいるとは、我ながら珍しい。子供の頃に母さんに連れられて来た以来だ。母さんはよく「気持ちいい朝ね」なんて言ったけど、俺にはその感覚はない。多分、母さんよりも父さんの血が濃いのだろう。戸籍上はイヌとヒトのハーフでも、俺の3/4はイヌだ。

店の入り口が大きく開いて、毛むくじゃらの巨体がヌッと入ってきた。懐かしいフォルムだ。

「よおタケゾウ!悪い悪い、待たせちゃったみたいだナ。」

相変わらずデカイ声と図体だ。一緒にいると、こっちが恥ずかしくなる。

「いいから座れよ。お前のせいで注目の的だ。」

コイツの名前はゴゴ。グリズリーの中でも特に図体がデカく、とにかく怪力だ。まず喧嘩じゃ敵わない。まあ子供の頃から虫一匹殺せないやつだから、その怪力を使うのは、専ら荷物持ちの時しかないような、何とも勿体無いヤツだ。

話を切り出そうとした俺を遮って、興奮気味にゴゴは言った。

「実はな、今日はおまえにピッタリの仕事を紹介したくてナ。」
「仕事?」
「一言で言うと、合法的に喧嘩をする仕事だ。金払いももちろん良い。しかも、そのための衣食住は全部その組織が世話してくれるってんだから、至れり尽くせりだろう?」
「…危ねぇ仕事じゃないだろうな?これでも一応警察だぜ?」
「まぁ安全な仕事じゃあないが、違法でもナイ。今のおまえの仕事を、よりエキサイティングにしたものぐらいに思ってくれればいい。」
「詳しくはまだ言えないってことか。でも、そんなにウマイ仕事なら、なんでおまえがやらない?」
「おれは辞退したんだ。実はな、この仕事を受けるには、一度『社会的に死なないといけない』ンだ。」
「なんだって?」
「おーっと誤解すんなよ。『社会的に死ぬ』だ、本当に死ぬわけじゃあない。つまり戸籍上でのみ、この世からいなくなるってことさ。」
「なんだそりゃ。なんでそんなことする必要があるんだ?」
「さあ?俺は家族もいるし、その条件だけで断っちまったから、詳しくは聞いてないンだ。その点、おまえは独り身だし、いまの仕事に満足もしてない、喧嘩も得意ときてる。どうだ、おまえにピッタリな仕事だろ?」

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カメ爺と共に、ゆっくりと一匹のアカゲザルが部屋に入ってきた。綺麗な毛並みに加え、パイプ片手にスーツなんか着て、隙がない。俺のボス、サンダースだ。

「タケゾウ君。まずは初陣の勝利、おめでとう。これで君を正式に迎え入れることができる。私も嬉しいよ。」
「正式?」
「...隠していて申し訳なかったが、あのネズミはテスト用の検体でね。いわば君の入社試験用に、我々が用意したものだ。」
「テストにしては、あのネズ公、殺る気満々だったぞ。」
「当然だ、そうプログラムしているからね。なかなか厳しい戦いだったようだが、勝利したのは事実、君は合格だ。」

そう言って、ジャケットの内ポケットからおもむろに何かを取り出し、俺に差し出してきた。バッジのようなものだった。

「本日より、君を正式に“KEMONO”として認定する。動物とヒトのハーフが登録されるのは初めてだ。純血種にはない感性を存分に活かして、ぜひ活躍してくれたまえ。」

続く

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