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オミクロンの感染力

オミクロンは非常に感染力の強い変異株だそうです$${^{1)}}$$。
 
オミクロンは武漢型や2021年までの変異株に比べると圧倒的に多くの感染者を出しています。しかし、その感染波の解析をすると基本再生産数 ($${Q_0}$$) の平均は2.16と第I-III波の武漢型の平均の2.36よりも低くなっています。今流行っている第VIII波は1.50と36%も下がっています (表1)$${^{2)}}$$。

再生産数($${Q}$$)は「感染者1人が増やす新たな感染者の数」で$${Q = kST}$$となります。$${S}$$は感受性者、$${T}$$は感染日数です。特に初期値$${Q_0=kS_0T}$$は基本再生産数と呼びウィルスの感染力の指標とされています$${^{3)}}$$。
 
$${k}$$はSIRモデルの第1式$${dS/dt = -kSI}$$の定数で$${k=rmP}$$となります。$${I}$$は感染者数です。$${r}$$は感染者が感受性者に出会ったときにうつす確率、$${m}$$は1日あたりの接触人数、$${P}$$は感染集団の人口です。感受性者の初期値である$${S_0}$$、$${P}$$、$${m}$$は社会的な要因でウィルスの生物学的要因とは無関係です$${^{2,4)}}$$。
 
従って、ウィルスの生物学的感染力を決める係数は$${r}$$と感染期間である$${T}$$ということになります。しかし、$${r}$$や$${T}$$もウィルスの生物学的性質ばかりでなく感受性者の状況によっても変化します。
 
健康な若者やワクチンによって抵抗性を高めた人なら同じウィルスに接触しても風邪をひきにくいでしょうし、たとえひいてもすぐに治るでしょう。逆に、高齢者や免疫機能が落ちている人はうつされやすいし治りにくいのは常識です。
 
接触のしかたによっても変化し、夫婦や恋人のような濃厚な接触をする間柄では必ずといっていいほど風邪はうつります。
 
自然環境によっても変化します。季節性のコロナやインフルエンザは毎年冬に流行します$${^{5)}}$$。武漢型コロナの流行波も冬にはやった第1,7波などは真夏に流行った第4波に比べると高い$${Q_0}$$値を示します (表1)。
 
これらの因子はウィルスの生物学的性質とは無縁であり、従って、疫学的な数字である$${Q_0}$$をもって感染力を評価することはできないのです。生物学的な感染力を比較評価するには実験的な手法に頼る以外にありません。
 
Sars-CoV2はスパイク蛋白質のS1部分が受容体であるACE-2に結合し、スパイク蛋白が蛋白質分解酵素でS1とS2に分断され、細胞膜と融合することによって細胞内に侵入します$${^{6)}}$$。
 
表面にスパイク蛋白が出ている細胞は他の細胞と融合しSyncytiaと呼ばれる多核細胞を形成します (見出し画像)。
 
この感染過程を生物学的手法で個別に実験評価をするわけです。
 
2004年に中国でパンデミックを起こしたSars-CoV1はSars-CoV2と同様にACE-2を受容体とします$${^{7)}}$$。$${Q_0}$$は2-4程度で致死率も10%と高い値が報告されていますが$${^{7,8)}}$$、蛋白質レベルでのスパイク蛋白質とACE-2結合の親和性はSars-CoV2の1/10しかありません$${^{9)}}$$。
 
オミクロンの変異株であるBA1は初期の武漢株やデルタ株に比べると親和性が上がっていますが数倍程度です。アルファー株ではオミクロン株よりも高い親和性を示します$${^{10-12)}}$$。

この程度のSars-CoV2の変異による親和性の変化が感染力に大きな影響を与えることは考えにくいように思います。
 
オミクロン株はプロテアーゼに対する感受性も低く分断がおきにくく$${^{12-14)}}$$、細胞レベルでの融合能はデルタ株に比べて劣っています$${^{10,13,14)}}$$。また細胞内での増殖力も低下しています$${^{12)}}$$。
 
生体では免疫をはじめ宿主の様々な影響があり分子や細胞のレベルの結果が反映されないこともあります。オミクロン株は細胞との電気的な結合能力があがっており、咽頭部に吸着しやすいことも指摘されています$${^{15)}}$$。
 
これらの影響も考慮した評価を行う上で個体を用いた実験は必須です。ヒトACE-2の遺伝子を導入した感染実験では武漢株やデルタ株では全て死亡するウィルス量を感染させてもオミクロン株では全て生き残るという結果がでています(図1A)$${^{16,17}}$$。

オミクロン株は生物学的には感染力と毒性が低下したポンコツウィルスになっているのです$${^{2)}}$$。
 
それではなぜこれほどの感染者がでているのでしょうか?空港検疫の緩和など社会的要因も一因でしょう。ワクチン接種も宿主側の感受性を変化させている大きな要因でしょう。

ワクチン接種後2週間は免疫機能がおちて感染しやすくなるようです。その後、数ヶ月は感染を抑制しますが、時間の経過とともに抑制効果が低下し半年後には逆に感染促進効果がでてきます$${^{18,19)}}$$。
 
昨年の7/11-17の期間ではワクチンを2回以上接種した人は接種していない人に比べ感染率が21%上昇しています (図2)$${^{20)}}$$。

昨年の7月は1,2回目の接種がほぼ終了してから7ヶ月が経過し3回目のブースター接種がほぼ終了した頃です。現在、3回目の接種が完了してから7ヶ月、4,5回目のブースター接種がほぼ終了しています。状況は昨年の7月に類似しており同様の感染促進効果がでていると推定できます (図3)$${^{21)}}$$。

オミクロンの第VIII波 (第16波)の$${Q_0}$$は1.501で最終的には1,352万人が感染することが想定されます。ワクチンによる感染増強効果を21%として第VIII波の増強効果をゼロとした場合の$${Q_0}$$値を計算すると1.28、感染者の増加は緩やかになり累計788万人となります(図4)。

ところで、第VIII波も2月に入り感染者が急激に減りようやく終息の兆しがみてきました。この減少のしかたをフィッティングするには1/24あたりから$${Q_0}$$値を1.045に低下させる必要があります (図5A,B)。ワクチンによる増強効果がなければ$${Q_0}$$は0.890となるはずです (図5C)。

$${Q_0}$$が1以下になれば感染者は増えません。すなわち、ワクチンを射たなければ集団免疫が成立し、アフリカ諸国のようにコロナは終息していたのかもしれません。
 
日本は世界でも有数のワクチン接種率の高さを誇る国です。政府はCOVID-19を5類の感染症に分類し、ワクチンを毎年接種することを推奨する方針のようです。
 
日本では感染者の増加がしばらく続きそうな気がします。
 
1) ひまわり医院、コラム (2021/7/12)
2) mbi, Note (2022/12/6)
3) mbi, Note (2021/12/29)
4) mbi, Note (2021/12/28)
5) mbi, Note (2023/1/23)
6) SARSコロナウィルス2, Wikipedia
7) Song Z et al, Viruses, 11, 59 (2019)
8) 基本再生産数 Wikipedia
9) Wrapp D et al, Science, 365, 1260 (2020)
10) Zeng C et al, bioRxiv, 472934 (2021)
11) Cameroni E et al, Nature, 602, 664 (2022)
12) Meng B et al, Nature, 603, 706 (2022)
13) Meng B et al, bioRxiv 473248 (2021)
14) Suzuki R et al, Nature, 603, 700 (2021)
15) Hajimechann, Note (2022/7/29)
16) Chen DY et al, bioRxiv, 512134 (2022)
17) Uraki R et al, Nature, 612, 540 (2022)
18) Hansen CH et al, medRxiv, 21267966 (2021)
19) Fleming-Dutra KE et al, JAMA, 327, 2210 (2022)
20) 厚労省, 第92回アドバイザリーボード資料2-5, p.2 (2022/7/27)
21) 首相官邸、新型コロナワクチンについて(2023/2/16)