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【669/1096】失敗してもいいのだ

システムズ・アプローチの東豊先生のゼミで、スーパーバイズを聞いて学んでいるのであるが、東先生のコメントで目から鱗が落ちたことに、
「ここに来るのが不満なクライアント(誰かに言われて来たくないのに仕方なくきた人など)ほど、いいクライアントはいない」
というのがある。

来たくないけど誰かに言われて仕方なく来ている人は、当然ながらカウンセリングに積極的ではなく、協力的ではなく、いろいろ問いかけたりしても、
「別に・・・」
みたいな返答になったりするので、主訴が何か?を掴むまでに時間がかかったりする。
だいたい次に来てくれるかわからないし。

しかし、
「不満持ってる人は、らく!楽!ありがたいほど楽」
と東先生が言うので、!!!となったわけである。

今、目の前で、「この場に来たくない」と言う態度を出している人は、怒りを持っているわけで、今目の前のことを聞けばいいだけであると。
主訴やら育成履歴やら、いろいろ聞かなくてはいけないこともあるけど、そんなん後回しでいいので、とにかく、この目の前の人にジョイニングする。
不満を持っている人に、ジョイニングするのが一番楽だとおっしゃる。
(ジョイニングとは、システムズアプローチの用語で、その人のシステムに参加させてもらうというような意味で、ジョイニングが一番大事なところである。)

怒りを表している人を目の前にすると、さらに怒りを買ったら大変・・・と恐い感じがしてしまうのであるが、
「僕だって失敗しますよ。ああ、こんなん言わなよかった!と思うこと言ってしまうことあります。」
と関西のイントネーションで先生が語ると、ああ、先生でも失敗するのか、じゃあ、私が失敗したって当たり前だと言う気になって、だいぶ肩の荷が下りる。

「失敗してはいけない」と言うプレッシャーは、自分が思っているよりもずっと重くのしかかっている。
この「失敗してはいけない」は、純粋に失敗するということを意味していない。
失敗して怒られることを恐れている。失敗とは怒られることと強烈に沁み込んでいる。
怒られたくないがために、失敗したくないにはまり込んでいくので、ズレまくるのであろうなと思う。

だからか、先生と呼ばれている人の失敗談を聞くとホッとする。自分も失敗すると言う先生は、その失敗からどうリカバリーしたか?を教えてくれるし。

失敗を恐れる気持ちが強いと、人の失敗談を聞くとホッとしてしまうのかもしれない。
でも、そこからどうリカバリーしたのか?ということがわかっていると、ああ、そうすればいいのか、次、やってみようと思って、次の行動が変わる。

そういう意味で、失敗した話を聞けるのは大変ありがたいことだなと思っている。

では、また。



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