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何気ない時間の積み重ねはいつか未来の自分を支えてくれる

もう何十年前の楽しかった時間が、この歳になって心の支えとなるなんて。
母と伯母の関係。
併せて従兄弟との関係に感謝したい。

さかのぼること2年ほど前。
私は家族やその他のことでとても悩んでいた。
苦しくて情けなくて、でも日々の生活は過ごさなくてはならなくて。

そんなある日、夫から言われた。

「一度伯母ちゃんと会って元気貰って来たら〜?」

夫自身大変な思いを抱えていたにも関わらず、私の不安定さはそばにいてとても見ていられなかったんだろうな。
と今なら想像出来る。
それくらい当時の私は追い詰められていた。

伯母に連絡すると、私の訪問を快く受け入れてくれた。
そして私は新幹線で伯母の家へ向かった。

伯母には息子さんがいる。
私より年下の従兄弟。
しかし今となっては彼も50を過ぎたいいおじさんだ。

結婚式に招待されて以来、会う機会も無くお互い家族写真を載せた年賀状だけのお付き合いが20年ちょっと続いていた。

しかし、私が伯母を頼って九州から泊まりに来る。
と伯母から聞いた従兄弟は、自分の嫁さんと伯母と私の4人でドライブに行ってみないか?
と誘ってくれたのだった。

当時の私は視野も狭く自分を楽しませることなど到底出来ない心境だった。
だからドライブ旅の提案はとても嬉しかった。

朝から4人で向かった場所は海岸線をひたすら走ってバーベキューが楽しめる若者に人気のスポットだった。

美しく広がる水平線に美味しい海産物。
帰り道では道の駅や産直のお店をハシゴ。

もともと言葉少ない従兄弟は私の心に土足で入り込んでくるような野蛮な人ではない。
結婚式以来再会した奥さんは、私の中では綺麗な花嫁さんの記憶しかなかったけど、気さくでおもろい関西のおばちゃんになっていた。
そしてそんな彼女と従兄弟との会話はまるで夫婦漫才のようだった。


思えば従兄弟同士の交流なんて、自分たちが小学生の頃で終わっていた。

特に従兄弟は男の子だったのでそれ以降は接点は無かった。

…はずなのに。


再会した途端、私は従兄弟を昔のまま名前を呼び捨てにし、従兄弟は私を○○ちゃんとちゃんづけで呼んでくれた。
長年のブランクなど一気に飛び越えお互いすんなりと当時の関係性に戻れたのは不思議だった。


本当にこの数時間のドライブはどれだけ私の心を軽くしただろうか。
美しい景色と笑い溢れる4人での食事やショッピングは縮こまってカサカサに乾き切っていた私の心を潤すには十分だった。


私は帰宅後、従兄弟夫婦にお礼の手紙を出さずにはいられなかった。
なるべく貰った側が負担にならない様ハガキにしたのは私なりの気遣いだ。

後日、お嫁さんは伯母に相談したと言う。

私からハガキを貰ったものの、「どう返事を書いていいのかわからない」と…。

そんなお嫁さんに対して伯母のアドバイスはこうだった。

「あー、返事が来るとか来ないとかそんなこと気にする人じゃないから(私のこと)よっぽどあの1日が嬉しくてどうしても感謝の気持ちを2人に伝えたかったんじゃないかなー?
だから返事はわざわざ書かなくても大丈夫。
あなたからのお礼の気持ちはきちんと本人に伝えておくからねー」

さすが伯母。
私の気持ちを察してくれていた。

私は伯母の言うとおりお嫁さんから返事を欲しいと言う気持ちなど微塵も無くただただ感謝の気持ちを伝えたかっただけだった。




実は今日、従兄弟との話しを記事を書こうと思ったのはきよこさんの記事がきっかけだった。


きよこさんの娘さんが従兄弟さんとの交流を楽しまれている様子が小さな頃の私と重なったからだった。

他愛もない遊びや同じ食事を共にすること。
友達とはまた違う、一緒に過ごす非日常の数日間。


そうした何気ない時間の積み重ねは、いつか未来の自分を支えてくれる。
そう私には思えることがあったこと。

母親の姉妹。
そして従兄弟という存在。

私も50を過ぎて急に命の繋がりがどれだけ奇跡なのか実感し始めた。

縁あって出会った人。

出来るならその人たちとは一つでも多く笑顔や愛で溢れる関係性を作って行きたい。

新緑の季節になると頭に浮かぶエピソード。
私にはまたひとつ、従兄弟とのドライブが加わった。


読んでくれてありがとう。
出会えたご縁に感謝します。

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