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短編小説『考察』

バイトの帰り、同じ高校だった大学生の友人から珍しく話したいことがあるとカラオケに誘われた私。
趣味がないはずの友人なのに、今日はいつもとは違ってキラキラした目をしている。
「なあ、最近ハマっているものある?」
珍しい。
趣味がなくて本気で人間観察を趣味にしようとした結果、怪しい見た目になりすぎて観察される側みたいになった友人がキラキラした目でそんなこと聞いてくるなんて。

「最近…まあずっと漫画は見てる。」
正直、自分は友人のことをあんなに言えるほど趣味があるわけではない。
しかし私はこの漫画という趣味にお金を使うため、食費を削っている。
フリーターの私は、漫画を買うためにバイトをするし、漫画のために有休をとる。
自転している漫画の周りを私が公転している。
そのくらい漫画が好きなのである。

「漫画ね…俺も近い趣味始めた。」
「え!?」
まさかの返答に驚いた。
趣味がなさ過ぎてプラモデルを勧めたら、ツートーンの家に真っ赤なロボット一体がポツンと出来ちゃって変な感じになったからロボットに合わせて模様替えをしちゃうほど趣味がな…いや、これはシンプルに買い方が下手なだけか。

「やっぱみんな考察があーだこーだ言うじゃん。」
「まあ…楽しいからね。」
この国は空前の考察ブーム。
少し前のドラマで考察が流行ってからだろうか、漫画やアニメ、とにかく最近の作品には伏線というものの存在に重きを置かれているようになった。
もはや伏線を見つけたもの勝ちみたいな風潮もあって、純粋にその世界を楽しみたい私はあまりそう言ったことはしないようにしている。

「俺もね、今読んでる物語の伏線を見つけたの。」
「あぁ、なんの漫画?」
「漫画って言うか…桃太郎。」
…え?今コイツなんて言った?
桃太郎?え、あの絵本の?

「え、桃太郎?」
「うん。読んだことある?」
あれみんな幼稚園とかで通るっていうか、いつの間にか身についているお話なんじゃないの?

「え、桃太郎ってあの鬼退….」
「あぁおい!!ネタバレやめて!?」
「あ、あぁ。」
「ちょっ…頼むわ本当に。」
「ご、ごめん。」
コイツ本気だ。本気であの桃太郎の考察をしようとしている。

「とりあえず犬と猿仲間にするところまで見たの。」
そんな奴いねえよ。
あんなん一発で全部見て次の日には見たこと忘れてるんだけど、物語としては脳みそに刻み込まれるんだよ。

「俺ねぇ…もう1匹くらい仲間になると思うんだよね。」
「いやそう……あ、うん。それで?」
ヤバい。桃太郎という存在が常識として存在しているからか、ツッコみみたいにネタバレしそうになってしまう。

「で、とりあえずもうこれだって言うのが確定してる。」
「え...ちなみに誰?」
「え、言っていいの?これ絶対あってるよ。」
「いやその、最新刊読んでるみたいなスタンス辞めて。」
男はもたれかかっていたソファから前のめりに体勢を変え、真面目な顔をして机に両肘を乗せこっちを見つめた。

「カエル。」
何言ってんだずっとと思いながらも自信満々の表情から、本気でコイツ桃太郎通ってきてないし、本気で考察しに行ってるんだと実感した。

「まず犬と猿の共通点を見つけるところから始めたんだ。」
なんか語り始めたけど、あの3匹に多分共通点とか無い。
なんか知らんけどキジなんだよ。
てか絶対当てられないよキジは。

「イヌとサル…あっちょっと待ってね文字で見せるわ。」
「なになにもう…。」
友人はスマホをポッケから取り出し、めっちゃ考察を書いているメモアプリの画面を見せつけた。

「居ぬ…去る…?」
「そう!これね、その場から存在しなくなるみたいな意味を持ってるのどっちも。」
「おぉ…あっ。」
「気づいたでしょ?…帰るでカエル!」
強く握ったマイク。頭が揺れるほどのかかったエコーに私がもし彼女だったらその自信に間違った意味の方の蛙化をしてしまいそうだが、同時にもし桃太郎が今の漫画とかだったら多分納得すんだろうなと少し思った。

「え、ちょっと疑ってる?」
「なにが?」
「俺本気でそこから読んでないからね?」
あぁなるほど。本当は最後まで読んでるのに読んでないフリをして、あたかも予想を当ててるみたいなシャバいスタンスが嫌なんだ。
そんでその考察でスタンスを取れてると思ってるんだ。全然間違ってるのに。

「まあ…名前的にみんな死んじゃうんだろうけど…。」
全然そんなことない、てかまずカエルじゃない。
まあでも考察ってこんなもんなのかな。
調子に乗っている彼はカエルの輪唱をセルフでやっている。

「ちょっごめん。ずっとエコーの音でかいかも。」
「あぁごめん。」
友人はいつの間にか頼んでいたクリームソーダのアイス部分をパクパク食べ始めた。

「…え、それで他には?」
「いや、まだ全く伏線回収しそうにもないからさ。全然分かんない。」
アイスが混ざるクリームソーダ、下唇を突き出して上を見つめる友人、有名アーティストのインタビュー動画、いつの間にか頼んでいて冷めたポテト、何を言えばいいか分からない私。

「でも伏線回収されるのが超楽しみ。」
「うん…そうだよね。」
現代の伏線を求めすぎな世界が生んでしまった悲しきモンスター。私は余計なんて伝えればいいかわからなくなって、今日一番の疑問を聞いた。
「…ていうかその考察のためにカラオケ呼んだの?」
「うん。電話だと居ぬ去るの説明出来ない難しいと思って。」
「…そっか。」
「あとシンプルに久々会ってないから会いたくて。」
急になんなんマジで。コイツの心理キジ当てるくらい難しいんだけど。

「あ、ちなみに桃太郎終わったら、次は金太郎読む予定!」
「あぁ、それは私も知らないわ。」

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