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初めて市川沙央さんに会った日のこと。


あの芥川賞作家・市川沙央さんに「夢みるかかとにご飯つぶ」の書評を書いてもらった。

エッセイを出したら市川さんに書評をお願いしようと、最初から決めていた。

私が本を出せたのは、連載第一回目に市川さんと出会えたからだと思っているから。あそこがすべての分岐点だった。
そして、何より私はいっちーのエッセイが好き。その視点で「夢みるかかとにご飯つぶ」をどう読んでくれるのか、知りたかった。

恐る恐るお願いすると、二つ返事でOKしてくださった。
そして、届いた原稿――。

取材当日、シャカシャカしたフリルのきれいな装いで(私の小説の主人公が「シャカ」なのだ)現れた彼女は、朗らかな雰囲気であっというまに私をつつんだ。そして彼女は今まで誰にも語ったことのない私の話を、丁寧に一言も漏らさず聞いてくれた。とても自然で楽しいその時間が、彼女の手で一つの記事になって公開されると、私の背中には一夜にして羽が生え、バズバズと羽音を震わせて不思議な飛翔をはじめたのだった。

【書評】バズるべくしてバズる羽を、清繭子はたくさん持っている。―芥川賞作家・市川沙央/幻冬舎PLUS

第一回目の取材が、たまたま市川さんで、たまたまその市川さんが人工呼吸器と車椅子のユーザーであることを知ったとき、「気持ちの段差」を感じなかったといえばうそになる。

取材のなにが市川さんの負担になり、どの範囲までお願いしてもいいのかが、わからなくて悩んだのだ。

出版社経由のやりとりのなかで、人工呼吸器をつけている市川さんは発話は最小限にとどめる必要があると知り、事前にメールで質問票に回答をもらって、その補足を対面で補うことになった。

その回答が来たとき、「気持ちの段差」は一気に消えた。
あまりにも、市川さんの回答が生き生きとしていて、ユーモアにあふれていたからだ。
その時から市川さんは私にとって「体に困難を抱えた大変な境遇の女性」ではなく、「20年、公募に落ち続けたけど書き続けた、面白くてタフな先輩」となった。

もっと単純な言葉で言えば、「この人、おもしろっ!会いたい!」となった。

だから、市川さんのお家を訪ねたとき、私はワクワクしていた。
実際に言葉をたくさん交わしたわけではない。でも、私はすごく楽しかった。面白かった。早くこの人のこと、みんなに知ってほしいって思った。

連載の見出しを考えるとき、バズるために「障害」や「車椅子」というワードをつけたくなかった。私が聞いたいっちーの話の面白いところは、そこじゃないから。

あの時間を、いっちーも「自然で楽しいその時間」と思ってくれていた。

私たち、両思いだったんだ…!

届いた書評、「自然で楽しいその時間」、もうその言葉だけで、泣けてしかたなかった。

書評の隅々まで、この清をなんとか盛り立ててやろうという、市川さんの応援の気持ちを感じて、私はいったいなにをこの先恩返ししたらいいのやら、途方に暮れた。

でもきっと、そんなこといいんだよ、っていっちーは言う。私たち、両思いだから。



トップ画像:武藤奈緒美




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