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親の役割はショッカーでしかないのかも(中学受験体験記)

私は2人の子供を育てる母です。長男は昨年、中学受験を終えました。彼が自分の希望の学校に合格したのは、彼自身の努力があってのことだし、運もあったと思います。しかし、この中学受験という一つの手段を通じて、私たち親子の関係が変化し、彼も私も成長したと感じています。
この話が、多くの中学受験で悩む親御さんたちや、受験じゃなくても何かにチャレンジしている、子供と共に成長していきたいという親のみなさまに考えるきっかけを提供できると嬉しいです。



正解のない子育て

日々ね、子育て悩んでますよ。押したり、引いたり、捻ったり、逆さにしてみたり、泣いてみたり、叫んでみたり、笑。小学校高学年くらいからは、社会に出ていく準備。親は一体どんなサポートをすればよいのか?彼の才能やひらめきを潰さずに、社会に出ていく手助けはどのようにできるのか、という問いを自らに投げかけ続けている日々です。

いま振り返ってみると、息子が受験勉強に取り組む姿を見守る私は、なかなか不格好なサポートだったように思えます。そんななかで、私たち親からの「わーわー」という口出しも気にしてかせずか、かわしてたのか、彼はひたらすら自分の道を突き進んでいました。その不格好なサポートこそが親の役割、仮面ライダーでいうところの「ショッカー」じゃないかなと思ったりしてます。

サナギが蝶になりたいと願った日


ある日、息子は私に言いました、
「おれ、受験したい」と。
私も夫もびっくりでした。そんなに勉強が好きではなかったと思っていたし、学校にいくのも億劫で休みがちだったからです。
彼が学校に行きたくないと感じ始めたのは、小学4年生の頃。それから、私たち対話を重ねてきました。
受験するってことは、目的を持って自分の進む道を選ぶこと。そして、そこには同じ目的を持った人たちがいます。息子は、今の学校、今の友達、単調な生活に少し飽きていたようで、もっと自分に合う、もっと居心地のいい場所に行きたいと、変わりたいと強く願っていました。まるで、変化を求めて次の場所に飛び立つ前のサナギのようでした。
それからの道のりは、彼の中で何かを変えました。特に、オンラインで出会った先生との関わりは、彼の学び方や物の見方に新しい風をもたらしてくれました。

信頼できる師に出会うこと

地元の塾はなんだかあまり好きになれず、私が所属してたオンラインコミュニティで信頼できる東京で活動する先生の授業を受けることにしました。週2回、1時間。私は忙しさにかまけてこの新しい挑戦を見守ることさえもままならなかったのですが、たまに授業を覗くと、彼が先生から厳しく指導を受けている様子があり、心が痛むこともしばしばでした。家族で会議することもあったし、私は何度も彼に確認しました。「大丈夫?続けたいの?」と。

彼はいつも同じ答えを返してくれました。
「おれは先生の授業を受けたい。先生に教えてもらいたい。」

実は、彼はくもんをたった1ヶ月でやめています。理由は明確で、場でも宿題ものらりくらりとしてて、まったくやるきがなかったからです。先生からの叱責をかわし、先生も叱るのを諦めてしまっていました。彼自身も叱られることをひたすら静かに待つのは、辛かったのでしょう。1ヶ月でその場を去りました。私たち親としても、何をしてサポートすればいいのかがわからず、頭に来てしまうこともありました。彼に「”ちゃんと”しなさい」と声を荒らげても、実際には彼に何も伝わっていないように感じました。怒りがピークに達して、つい「もういいわ、どうせ何も聞いてないんでしょう。」と彼に言ってしまったこともありました。本心では、彼が自分の道をしっかりと歩んでくれれば、それでいい、そう思っていました。ただ、彼がこれから社会に出て、適合していけるが大きな不安要素でした。

オンラインのヒロ先生は、彼が信頼してワクワクする問題を提供してくれていました。息子の話によると、先生は彼がどうやって問題を解いたのかを丁寧に聞き、解法がズレていた箇所を修正するとともに、なぜそうなるのか理論を教えていたといいます。あとから考えても、感謝しかなくて、これが今でも別の未知の問題に対応した時に動じず考えられる応用のきく方法だったのだと思います。
それまで宿題もせず、時間も守らなかった子が、この先生の元で毎週2回、時間通りに帰宅して机に向かう姿、コツコツと課題をを解く姿に、私は感動しました。

子供は信頼し尊敬する師に出会うと変わるのだな、と。

受験直前になり、焦っていたのは私だけで、突然購入した参考書には、彼の目には留まらず、
「ぼくは過去問をひたすらやる」
と宣言し、それに専念していました。私の心配や、焦りに影響することなく、彼は自分のやり方を信じて、一歩ずつ前進していました。

私はあなたの森になりたい

そして、受験の前日。私も夫もいつもと変わらずバタバタした朝で支度をしていました。
「起きなさいよー!そんなんで明日受験日に遅刻したらどうするのよ?」
と、いつもの通り軽口を叩きながら布団をはがしに起こしに行ったところ、部屋に入った瞬間から、いつもと違う彼の様子がありました。空気から緊張がびしびし伝わってくるようでした。
彼の心の中で何かが渦巻いているのを感じました。

いつも飄々としている彼の、これまで感じたことのない状態だったので、驚きつつも、
「ちょっと森にいかない?」と近くの鹿嶋神宮連れて行きました。

セブンイレブンで大好きな唐揚げぐしを買って、森に入り、良さそうな切り株に座って話しはじめました。彼の不安や期待、子供の頃の彼と私たちの関わり方、それら全てが言葉となって森の中を風が通っていくように流れていきました。
自己満足でしかないのですが、その時の私の言葉は本当に自分の心からの言葉が伝えられた気がしてるんです。
「私はあなたの森になりたい」
森の中だとすべてが調和している。緊張も不安も全部大事、そんなあなたの今のいろんな気持ちをそれでも大丈夫、受け止めてるよ、と伝える言葉でした。
あの時の空気感とか、私たちの会話はすごく大切なものになりました。

その時の対話を録音してるのでよかったら↓

そして、受験当日も、彼の緊張はハンパなく、最高潮に達していました。息遣いは、まるで犬がハーハーと息をするような、混乱と焦りと緊張がすべて混ざった顔でした。
再び、私は彼に
「お散歩にいかない?。」と外に誘いました。
そして、15分ほど雨の中あるきました。彼が緊張する理由や、そんな場面をこれまではどう乗り越えてきたのかを、問いかけて聞きながらペースを緩めていくと、彼の心は少しだけ波が静けさを取り戻したようでした。

これも録音してました↓


親の役割は結局愛のあるショッカーなのでは


彼は合格しました。

彼がその後どれだけの力を発揮したのかは知らないし、自分の中でどのような内省があったのかも知りません。
そして、私自身は自分の仕事や自分ごとにかまけて、彼にそれほど時間を使ってあげられていなかったと思います。そして、もしかしたら関わった内容自体も彼の成長を邪魔するものでしかなかったのかもしれません。

ただ、たまに出てきて、すぐ倒せちゃうし、愛らしい、でもその存在がなくてはならないようなショッカーのように、彼が蝶として羽ばたく準備のために必要なストレッチの役割であったのではないかなとと感じています。

子育て、毎日悩みます。どれほどの距離をとったらよいのだろうか、どこまで教えて、どこまで突き放したらいいのだろうか。心のハグとその距離感。悩みながらも、一つの解が今回でました。ショッカーでよいんだ。子供を仮面ライダーに仕立てて、わーわー言いながら、少し戦って、愛らしい黒タイツはいて。それで十分。

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